第2回フリーズ・ソウルがいよいよ開幕! 世界が注目する理由を大物ギャラリストに聞く
1990年代に、母親の経営する国際ギャラリーKukje Galleryの成功を間近で見ていたギャラリストのティナ・キム。今や彼女は、韓国の現代アートシーンを支える重要人物の1人になっている。第2回フリーズ・ソウル開幕を直前に控えたキムに、韓国美術やアート都市ソウルへの関心が高まっている理由を聞いた。
ニューヨークに自身の名を冠したギャラリーを構える現在53歳のキムは、第2回フリーズ・ソウルに、河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)や金昌烈(キム・チャンヨル)、朴栖甫(パク・ソボ)といった単色画作家の作品の出展を予定している。
ソウルのアートシーンに大きな影響力を持つ彼女は、1960年以降の韓国人アーティストたちの動向を長年追い続けてきており、一般にはあまり知られていない作家についても詳しい。こうした、かつてソウルの前衛芸術サークルを形成していた作家たちは、近年国内外の美術館で頻繁に紹介されるようになった。キムがUS版ARTnewsに語ったところによると、今ソウルやアジア地域で勢いを増している現代アートシーンの基盤を築いたのは彼らだったとの認識が広がりつつあるのだ。
フリーズ・ソウルのコミッティーメンバーであるキムは、ソウルのアート界の未来を担う新進アーティストのネットワークの開拓を任された数少ない人物の1人だ。この街の隠れた才能は、ありふれた風景の中に隠れていることも多い。キムが言うには、K-POPや韓国映画に対する世界的な関心の高まりが、アートの世界でもソウル、そして韓国の存在感の拡大を後押ししており、「韓国カルチャー全般に対する関心が非常に高まっている」のだという。
彼女が感じている変化の兆しは、ほかにもある。たとえば、自らのギャラリーに所属する若手アーティストとベテランアーティストの間で、世代を超えた思いがけないつながりが生まれている。また、新しいコレクターにアーティストを売り込むことに注力している彼女は、ディーラーとしての自身の役割も変わりつつあると感じているそうだ。市場のルールに闇雲に従うのではなく、自分の興味に忠実に作品を買っている若いコレクターの中には、次世代の文化のパトロンへと成長する可能性を持っている人が少なくないと彼女は見ている。
US版ARTnewsは、ソウルでフェアの準備を進めるキムにインタビューを実施。訪れてみたいアートの街としてのソウルの台頭や、20世紀の韓国人アーティストに対する近年の関心の高まりなどについて話を聞いた。
韓国のアートシーンで実を結んだ企業のアート支援
──所属アーティストのカン・ソギョンが、ソウルのサムスン美術館リウムで展覧会を9月7日から開催します(12月31日まで)。あなたは彼女の作品について、過去を引用しながら未来に語りかけるものだと表現していますね。
ソギョンの作品をコレクターに紹介すると、一見して伝統的な雰囲気があるので馴染みやすいと感じるようです。しかし彼女の作品は、古いものと新しいものの間に生じる緊張感を扱っています。2019年のヴェネチア・ビエンナーレに参加したこと、そしてその前の2018年にフィラデルフィアのICA(Institute of Contemporary Art)で開かれた展覧会「Black Mat Oriole」(アメリカの美術館におけるソギョンの初個展)によって、彼女の認知度は高まりました。韓国の若い世代の作家には、伝統的な題材を扱うことに抵抗を感じる人もいます。韓国の伝統や民俗的な表現は、国粋主義的な主張のために利用される傾向があり、そういう見られ方をされるのを警戒しているからです。
しかし、ソギョンの伝統との関わり方は、非常にコンセプチュアルで構造的です。彼女が作品に取り入れているのは、井間譜(チョンガンボ)という韓国の伝統的な楽譜です。この方法を取ることで、複雑な意味合いのあるイメージを迂回し、韓国の外にあるより大きな美術史にも通じるミニマルでモダニズム的な美学を用いて伝統にアプローチすることが可能になります。
──韓国の現代アートには豊かな基盤がありますね。
韓国の現代アーティストたちは、実に幅広い分野を探求してきました。たとえば、ナム・ジュン・パイクやパク・チャンキョンなどのビデオ・アート、キムスージャなどのパフォーマンス・アート、AGグループとして知られる韓国アヴァンギャルド協会の作家たち、スペース&タイムなどのコレクティブ、梁慧圭(ヤン・ヘギュ)、徐道濩(ス・ドホ)などの彫刻やインスタレーション、河鍾賢(ハ・ジョンヒョン)、李禹煥(リ・ウファン)、朴栖甫(パク・ソボ)などの単色画などです。
──もっと評価されるべきだと思うものはありますか?
新しいメディアや写真を念頭に置きながら、写実表現に取り組んでいる画家たちはこれまであまり表に出てきませんでした。近年の韓国アート史では、カン・ソクホのような作家がその空白を埋めています。
──文化的なハブとしてのソウルの存在感を高めるのに、アート界の外部、つまり一般企業からの資金提供も大きく貢献しているというのがあなたの考えです。世界各地でフェアを開催しているフリーズも、アート界と企業が織りなすエコシステムの一部ですね。
ボッテガ・ヴェネタはリウム美術館のカン・ソギョン展のパートナーですし、シャネルはフリーズのスポンサーです。高級ファッションブランドは、先端的な文化にアンテナを張っていることを示したいのでしょう。また、資金提供は、ファインアートと関わることでブランドイメージが向上すると彼らが考えていることの表れです。以前の韓国企業は、アートよりスポーツ分野への支援に熱心な面がありましたが、数十年にわたるアートへのスポンサーシップが、今まさに実を結んでいるのだと思います。
アメリカの美術館がキュレーターを積極的に韓国へ派遣
──韓国の現代アートは、よりグローバルな視点で捉えられるようになっています。あなたは「リアルDMZプロジェクト」(*1)の仕掛け人であるソウルのキュレーター、キム・ソンジョンと交流があり、ギャラリーの作家陣にもそれが反映されているそうですね。そのことについてお話しいただけますか。
*1 DMZとは、休戦中の韓国と北朝鮮の間の軍事境界線を挟んだ非武装地帯(DeMilitarized Zone)のこと。同プロジェクトはそこに隣接する民間人統制区域内で2012年から年1回の国際美術展を開催し、2017年からはこの地域で常設展示するための作品制作をアーティストに依頼している。
私の母のギャラリーが拡大していた頃は、今とはまったく違う時代でした。1988年のソウル・オリンピックを経て、それ以前の1980年代に渡米した作家たちが1990年代に入ると続々と韓国に戻ってきましたが、久しぶりに帰国した彼らは母国の工業化に衝撃を受けていました。そして、誰よりも早く彼らに注目したのが、当時ソウルのアートソンジェセンターのチーフキュレーターだったキム・ソンジョンです。現在私のギャラリーに所属しているアーティストの多くも、アートソンジェセンターで作品を見て知った作家たちです。
リアルDMZプロジェクトについてですが、非武装地帯は長年民間人の立ち入りが制限され、開発もできなかったため、豊かな自然環境が残っています。現在も軍事区域なので、訪れるには事前に許可を得る必要があります。キム・ソンジョンがこのプロジェクトを立ち上げたのは、単にアーティストに出展やコミッションワークを依頼するためだけでなく、調査・研究の場を作るためです。また、イデオロギー的に、そして物理的に、南北の分断が朝鮮半島の人々の心理にどのように影響を及ぼしているのかを探ろうという意図もありました。韓国では、分断について考えるよりも、忘れようとするのが一般的な態度となっています。韓国のアートシーンが発展し続ける中で、この試みは大きな反響を生み出せると思います。
──ニューヨークのグッゲンハイム美術館で、1960年代から70年代を中心とした韓国の現代アートの展覧会「Only the Young: Experimental Art in Korea, 1960s–1970s」が始まりました(2024年1月7日まで)。これまであまり注目されてこなかった、韓国現代アートの源流であるいくつかの試みに焦点を当てた企画です。韓国アートの勢いに世界の美術館も反応していると感じますか?
美術館は、注意深くタイミングを見計らって企画展を開催します。ソウルやその周辺の美術館が、フリーズ・ソウルのオーディエンスを意識した企画を打っているように。一方、アメリカの美術館は、世界中から人が訪れていることをますます意識するようになっており、国際的な展示施設としての評判を維持しなければと考えています。その表れとして、ロサンゼルス・カウンティ美術館(LACMA)やシカゴ美術館は、企画開発担当者やキュレーターを積極的に韓国に派遣しています。
注目される韓国の若いアーティストやコレクター
──あなたはフリーズ・ソウルのプログラム構築と地元ギャラリー選考を担当する少人数のコミッティーメンバーの1人です。選考過程において難しいと感じたことはありますか?
ギャラリーを選考するにあたり、地元のエコシステムの一部を形成している現代アートスペースをどうすくい上げるかが課題でした。こうした比較的新しいスペースの多くは非営利団体として運営されており、運転資金を得るために作品販売もしています。しかし、2〜3年で活動を停止してしまうスペースも多く、ウェブサイトを持っていないところもあります。情報があまりなく、インスタグラムを参考にしなければならないこともありました。
──特に注目しているスペースはありますか?
1つはソウルの冠岳区にあるCYLINDERです。フリーズ・ソウルの「Focus Asia」セクションに参加していて、オルタナティブアートとコマーシャルアートの境界線上にある作品を紹介しています。また、WESS、Museumhead、Audio Visual Pavilion Lab (AVP Lab)のように、アーティストやキュレーターのための研究プラットフォームとなっている非営利の現代アートスペースもあります。
──ティナ・キム・ギャラリー所属の若手アーティスト、ミレ・リーの個展が現在ニューヨークのニューミュージアムで開催されています(9月17日まで)。彫刻や布を使った巨大なインスタレーションが印象的ですが、彼女の活動を知ったときはどう思いましたか?
彼女の作品を初めて見たのは、先ほど話に出たアートソンジェセンターで、そのスケールの大きさにとても感銘を受けました。韓国のアーティストがあれほどのスケールで作品を作ることは稀なのです。彼女の作品はグロテスクで、内臓を裏表にひっくり返したような感じです。彼女には揺るぎない信念があり、決して迎合したりしません。私が初めて彼女のアトリエを訪ねた時もそうでした。ニューヨークのディーラーである私が足を運んで来たのだから、新進作家である彼女は自作について熱心に説明してくれるだろうと思っていましたが、彼女はそうしなかったのです。作品は説明できるものではない、見る人が自分自身で理解するものだというのが彼女のスタンスです。彼女には確固たる個性があって、それが作品にも表れています。カリスマ性があると言えるでしょう。
──ソウルという街にも尖ったところがありますね。アートコレクションに関しても、代々継承された富に支えられていることの多いアメリカとは違います。コレクターの年齢層はほかの地域よりも若いのでしょうか?
通常、アート市場を牽引しているのは、オークションハウスやメガギャラリーのようなトップ層です。ただ、東南アジアなど他の地域と比べると、韓国ではその傾向は薄く、もっと健全です。時には、聞いたことのないコレクターから問い合わせを受けることもあります。信頼できる人に作品を売りたいので、注意して買い手を選ぶ必要がありますが、驚かされることも珍しくありません。顧客の中に30歳そこそこの若いコレクターがいるのですが、彼は最近ミレ・リーの個展を見るために韓国からニューヨークまでやってきました。裕福な家庭の出というわけではなく、純粋にこのアーティストに興味を持っているからです。彼のような人たちは、投資のためというよりも、アートのある生活やカルチャーの最新トレンドへの関心によってコレクションをしているのです。(翻訳:野澤朋代)
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