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  • 2023.10.12

おもちゃからドクターマーチン、テレビに家具まで! メトロポリタン美術館がライセンスビジネスを急拡大

ニューヨークメトロポリタン美術館が、グローバルなライセンス戦略を加速している。アメリカ最大かつ最も有名なこの美術館が、どのように世界中の人々の家庭や日常生活に溶け込もうとしているか、その取り組みをリポートする。

ニューヨークのメトロポリタン美術館(MET)のブランド展開は、今や高級日用品にまで拡大している。Photo: Karen K. Ho/ARTnews

METがライセンス戦略を推し進める背景と現状

昨年来、メトロポリタン美術館(以下、MET)は積極的なライセンス戦略を進めている。結果、商品ラインナップやパートナーシップが大幅に拡大し、収益を上げる手段が多様化した。この収益は、美術館の機械設備の更新や保守管理、バリアフリー化の拡大といった、資金不足に陥りがちな項目に充てられる。というのは、こうした分野に向けた寄付金が少ないからだ。

背景には、施設全体を20年かけて改修する計画がある。これについてMETは、「地域経済に20億ドル(現在の為替レートで約2960億円、以下同)を投入することにつながる」との試算を示している。さらに、運営費の増大により、2022年度末の時点で赤字が560万ドル(約8億3000万円)に達しているという事情もあり、収益とブランド認知の向上を図る考えだ。

「プレミアムポジショニング」と世界中の若い世代へのアプローチに重点を置くMETの戦略が注目に値するのは、パートナー企業の数が膨大で、内容も多岐にわたっている点だ。2022年には、少なくとも8つのパートナーシップが開始されている。

METは、前ライセンシング&パートナーシップ担当責任者のリサ・シルバーマン・マイヤーズと、グローバル・ライセンシング&パートナーシップ担当責任者のジョシュ・ロムの指揮の下、eコマースと商品パートナーシップを急速に拡大。現在、そのラインナップには、カリフォルニア発のカジュアルウェアブランド、パックサンの衣料品(10〜90ドル、約1480〜1万3000円)、ドクターマーチンのレザーブーツ(140ドル、約2万1000円)とバックパック(210ドル、約3万1000円)、デザイナーズトイで知られるキッドロボットのビニール玩具シリーズ「ダニー」(25〜535ドル、約3700〜7万9000円)などがある。

コロナ禍で住宅関連のライセンス商品が大ヒット

METはコロナ禍以前から、ブランドライセンシング代理店のビーンストーク社を活用していた。同社によれば、2020年に住宅用品や家具、装飾品などが爆発的な売れ行きを見せたことが、その後のMETと多様な企業とのパートナーシップの実現につながったという。

ビーンストークのブランドパートナーシップ担当バイスプレジデントのリンダ・モーゲンスターンは、2023年3月のUS版ARTnewsによる電話取材にこう答えている。

「(コロナ禍で)旅行ができなかった頃に多くの人が考えたのは、自宅にもう少しお金をかけて居心地のいい空間にしたいということでした」

住宅関連のライセンス契約には、アン・ギッシュの高級リネン、ウェンドーバー・アート・グループの壁面装飾品、スカラマンドレの壁紙やテキスタイル、そして最近始まったサムスン電子とのパートナーシップなどがある。サムスンのアートストアに加入し、同社のフレーム(狭額縁)テレビを所有していれば、METコレクションのうち38作品の高解像度画像にアクセスできるのだ。

ただし、狭額縁テレビの価格600〜3400ドル(約8万9000〜50万円)に加え、シングルユーザーのサブスクリプション料として月額4.99ドル(約740円)、または年額49.9ドル(約7400円)が必要となる。

富裕層を狙った限定版の高級品を展開

METが富裕層をターゲットにしていることが顕著に表れているのが、アブナー・ヘンリーの7種のアーミッシュ製家具だろう。開発に3年近い時間をかけ、METの所蔵する有名作品7点に着想を得たデザインの限定品で、価格は5万4000〜14万4000ドル(約800万〜2100万円)に上る。

エドガー・ドガの《ダンス教室》(1874)に着想を得てデザインされたコンソールテーブルの前に立つアブナー・ヘンリーのアーネスト・ハーシュバーガーCEO(2023年3月29日撮影)。Photo: Karen K. Ho/ARTnews

アブナー・ヘンリーのアーネスト・ハーシュバーガーCEOは、パートナーシップの正式発表を数日後に控えた今年3月下旬、US版ARTnewsにこう語った。

「新商品の開発にかける期間は、通常6〜8カ月というところです。しかし今回は、プロジェクトを進めていくうちにスチュワードシップ(*1)が重要であると考えるようになり、手を抜けなくなりました。METを失望させるわけにいきませんから」


*1 他人から預かった資産などを、責任をもって管理運用すること。管理責任、受託責任などと訳される。

ハーシュバーガーCEOによると、エドゥアール・マネの《アルジャントゥイユの庭のモネと家族》(1874)から着想を得たウォルナット材のネストテーブルに24金をあしらうなど、限定商品には新開発の技術が用いられている。また、アブナー・ヘンリーとMETは長期ライセンス契約を結んでおり、商品が売れるたびにMETに手数料が入るという。

METやルーブルで急拡大するパートナーシップ収入

METは、ライセンス契約やeコマースのパートナーシップから得られる収益に関する総合的な情報を開示していない。ただ、2022年度の年次財務報告書(未監査)を見る限り、小売およびその他の補助的活動(レストランの売り上げを含む)の総額は4560万ドル(約67億5000万円)で売り上げ全体の13.9%を占め、2021年度の2460万ドル(約36億4000万円)、8.9%から大幅な伸びを示している。

独立した消費者ブランドの構築に成功した美術館の例としてよく挙げられるのは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のデザインストアだが、ヴィクトリア&アルバート美術館(ロンドン)が85社以上の企業とパートナーシップを結んでいることや、ルーブル美術館(パリ)がブランドパートナーシップおよびeコマース契約を積極的に拡大していることも注目に値する。

2021年にルーブル美術館は、高級車ブランドのDSオートモビル、エアビーアンドビー、スウォッチ、ユニクロ、インテリア用品小売のメゾン・サラ・ラヴォワンヌ、スマホケースやイヤホンなどを扱う香港のケースティファイと契約を結んだ。また、サムスン・アートストアのパートナーにもなっている。

仏ル・モンド紙によると、コロナ禍が始まった2020年のルーブル美術館のブランドパートナーシップによる収益は450万ユーロ(約7億円)で、2019年の270万ユーロから(約4億2000万円)から急速な伸びを見せている。

特定の作品に人気が集中する傾向

METの新たな小売・ライセンス商品パートナーシップが成功していることを示す一例は、オンラインで販売したドクターマーチンのコラボ商品が完売したことだ。既にイーベイには、転売用の商品リストが登場している。

METのグローバル・ライセンシング&パートナーシップ担当責任者、ジョシュ・ロムは、ライセンスは美術館の運営資金源になると同時に、アートに興味を持つ人々がさらにアートを深く知るきっかけになると考えている。たとえば、サムスンのフレームテレビとのパートナーシップでは、各作品に関するキュレーターの解説が提供されているという。

一方で、ライセンス商品のパートナー企業の多くは、METの各部門が所蔵する1000点近い作品を利用できるにも関わらず、同じアーティストや作品に集中する傾向があるとロムは指摘する。たとえばジョルジュ・スーラの《サーカスの客寄せ》(1887-88)、フィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》、そして葛飾北斎の《富嶽三十六景 神奈川沖浪裏》などだ。

9月13日に行われたプレスツアーでロムは、「(METの所蔵作品は)バラエティに富んでいますし、私たちはどの部門のキュレーターにも平等にスポットライトを当てたいと考えています」とUS版ARTnewsに語った。「人気作品だけに集中するのではなく、バランスを取るように努めていますが、アートが好きな人たちでさえ、消費者は作品を見たときの印象に左右されがちなので、偏らないようにするにはどうすればいいのかが難しいところです」

北斎の《神奈川沖浪裏》を家庭のテレビ画面に映し出し、その絵柄があしらわれたドクターマーチンのブーツやおもちゃを手に入れたいと考える消費者が多いのなら、METがそれを利用しない手はないだろう。(翻訳:清水玲奈)

US版ARTnews編集部注:本記事の内容は、最新のアート市場動向やその周辺情報をお届けするUS版ARTnewsのニュースレター、「On Balance」(毎週水曜配信)から転載したもの。登録はこちらから。

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