大変革期を迎えるアメリカのアート業界をリポート。利益を生む必要に迫られた美術館と、これまでの方法で作品が売れないアーティストたち

4月8日と9日にニューヨーク市内で開催されたアート業界のカンファレンス「Talking Galleries New York」。このイベントでは、美術館の運営や作品の落札方法、将来のコレクターのあるべき姿など、MoMAの館長やサザビーズの責任者をはじめとするそうそうたるメンバーで議論が行われた。US版ARTnews によるリポート。

MoMA館長に就任してからおよそ30年が経つグレン・ローリーは、資金集めに腐心し続けているという。Photo: Courtesy of Talking Galleries

困難の一途をたどる資金調達

第2回目の開催となるTalking Galleries New Yorkは、アートコンサルタント企業のシュワルツマン&の協力のもと、バルセロナに拠点を置くシンクタンクによって企画され、ニューヨーク市内に建てられた螺旋状の超高層ビル、The Spiral最上階に設けられたZO Clubhouseで開催された。

ラウンジに集まったアート業界の関係者に対して、ニューヨーク近代美術館(MoMA)館長を務めるグレン・ローリーは、資金集めに「腐心」し続けており、その額を考えるだけで眠れぬ日々を送っていると語った。

「そりゃそうですよ!」と、ローリーは集まった関係者たちの笑いを誘いながら、1995年に館長に就任して以来、美術館の広さや集まる寄付金の額、収蔵作品数、そして年間予算が大きく変化してきたことを指摘した。

「集まった17億5000万ドル(約2763億円)の寄付基金は、7400〜7500万ドル(約117億〜118億円)を生み出しますが、まだ1億1000万ドル(173億7000万円)の資金を見つけなければいけません。そんなことを私は日頃から気にかけています。館長に就任して以来、安眠できたことはほぼありませんよ」と、ローリーはアート業界のカンファレンス「Talking Galleries New York」のモデレーターに語りかけた。

このカンファレンスでは、MoMAに対する寄付基金が最後に公開された財務諸表から2億ドル(約316億円)増加したことが明かされており、本イベントにおけるハイライトの一つとなった。

そしてハーバード大学をはじめとするアイビーリーグを構成する大学や、マサチューセッツ工科大学が卒業生や寄付者の親族を優先的に入学させていることに対して連邦最高裁が違憲だと判決を下したことで、美術館をはじめとするその他の組織も同じ対象になりうる可能性があると、ローリーは指摘した。

減少、あるいは横ばいの傾向を示しているグッズ販売やレストランからの収入、そして少数の寄付者に依存していることに危機感を感じたMoMAは、新たに収入を上げる手段を模索した結果、レフィーク・アナドールとともに非代替性トークン(NFT)を2022年にミント(ブロックチェーン上に記録し、作品を有効化すること)するといったことに手を伸ばしている。アナドールとミントしたNFTによって「数百万ドル規模の収益」が生まれ、NFT作品を専門に扱う職員を正社員として雇う資金が手に入ったと、ローリーは言う。

「私たちの活動を維持するため、そして常に寄付しなければならないという圧を寄付者から取り払うために、定期的な収入源を積み上げていく方法を考えなければいけません」

また、ローリーが登壇する前日に行われた、アートマーケットに関するトークセッションでも、資金管理にまつわるトピックが注目されていた。

金利上昇によってでた影響とは

サザビーズ・グローバル・ファインアート部門の責任者を務めるブルック・ランプリーは、経済をはじめとするさまざまな要素が影響して、人々が作品をセカンダリーマーケットに出品する数が「著しく減少した」と指摘した。

5月に開催されるオークションでは「かなりいい結果」が見込まれるとランプリーが主張する一方で、100万ドル(約1億5800万円)以上の価格がつけられた作品の落札数は減っているという。「こうした作品は、アートシーンをけん引しているアーティストたちが手がけていて、市場が好調であれば大化けする可能性があります。もちろん、2000万ドル(約31億5900万円)する傑作も同じような状況だと言えます」

ここ数年で顕著になってきた望ましくない傾向として、アーティストとの関係を築くのではなく、作品を買うことに重きが置かれるようになったことが挙げられると、アートアドバイザーであり、今回のイベントのスポンサーも務めるアラン・シュワルツマンは語る。

「定期的に展覧会を開催し、作品を売り切って、熱心なバイヤーたちをつけるなどをして、健全な作家生活をこれまで送ってきたアーティストたちにとって、市場はまったく機能していません」と、シュワルツマンは言う。

シュワルツマンによると、展覧会が始まる前に作品が完売してしまうような、ここ数年で人気が急上昇したとあるアーティストの人気は「完全ではないにせよ、ほとんど冷め切っている」ようだ。「とはいっても、売れるペースが遅くなっただけで、作品はすべて売れていますよ」

また、最近のバイヤーの傾向として、購入したばかりの作品を担保にローンを組んで、別の作品を購入する人が増えていると、サザビーズのランプリーは指摘する。「上昇している金利のせいで、年々ペースが上がっている作品購入のスピード感にコレクターたちは追いついていません」

US版ARTnewsが選出した「Top 200 Collectors」の一人、J・トミルソン・ヒルによると、金利の上昇に加えて、現在の経済環境で人々が作品を売却しない理由はもう一つあるという。コレクターたちは、作品の価値が思い通りに上昇しない、あるいは下がることさえあることを理解し始めたのだ。

ヒル美術財団とグッゲンハイム美術館の理事長はまた、他の業界と同様に労働力の確保や技術的進歩といった要素がアート業界の発展にも必要であることを指摘している。しかし同時に、相場の状態によって「急変」する可能性もあることを示している。

「これまで売れ行きが好調だったアーティストが、別のオークションで他の作品を購入する元手に自分の作品が使われている様子を目の当たりにするかもしれません。それではアーティストの精神がすり減ってしまいます」と、不動産の非公開株式を専門に扱うヘッジファンド、Two Sigma Real Estateのヒルは語る。

超細分化されたアートシーン

オークションの売り上げは2014年から下降しているかと問われたところ、サザビーズはこの5年連続で、10億ドル(約1580億円)以上をオークションやプライベートセールで売り上げたとランプリーは答えた。

アートアドバイザーでありコレクターでもあるガーディ・セント・フルールの顧客は、積極的に新しい作品を入手しようとしているが、予算は5万〜50万ドル(約790万〜7900万円)程度だという。「『ねえ、何か新しい作品が欲しいんだけど』と、クライアントから絶え間なく連絡がきますよ」

シュワルツマンは、現代アートの市場とアーティストが制作した作品の価格は常に変動していると強調し、次のように続ける。

「どの業界の市場においても共通することではありますが、アート業界も価値を見いだそうとするものと、そうでないものを常に選別しています。作品を熱心に収集する人や資本力のある人は、本当に手に入れたい作品に出会えば、必ずと言っていいほど購入に踏み切ります。資金面で痛手を負う人もいるかもしれませんが、目利きのコレクターは、いい作品を手に入れる機会を逃すことはめったにありません」

現代美術には複数のサブジャンルがあり、それぞれのカテゴリーで大勢のアーティストが活動していることから、これまでと比べて業界の全貌が見極めづらくなっていると、シュワルツマンは指摘する。「作品の偉大さと独創性は富や人口のようには増えないのだと個人的には思います」と、彼は語る。

同時にTwo Sigma Real Estateのヒルは、MoMAの元館長アルフレッド・バーといった美術館の館長が卓越した影響力をもっていた時代は変わりつつあることを指摘している。「アートシーンに関するすべてのことが細分化され、分散型になってきているように感じます」とヒルは語り、1960年代から1970年代にかけて主流だった欧米中心主義と比べて、世界的な配慮がなされているという。「他の国や地域にも偉大なアーティストは存在していましたが、そういった作品の素晴らしさを言語化する力もなければ、自国の文化に取り入れようとする習慣もなかったのです」

一方、セカンダリーマーケットのオークションに参加するコレクターたちは、誰のコレクションから出品されているかに「異様に執着している」という。「美術館をはじめとする施設が作品に対する熱意やクオリティを重視しているのとは対照的にいまは、トレンドや著名なコレクターのお墨付きがあるか否かが重要視されているのです」と、ランプリーは指摘した上で、2023年11月のイブニング・セールで4億600万ドル(約641億円)で落札された故エミリー・フィッシャー・ランドーのコレクションを例に挙げている。「私たちにとっては、これが一つの戦略になっています。ソーシャルメディアが中心となったことと、コレクターが崇拝される時代の産物だと個人的には考えています」

このようにして作品が注目されることで不都合は生じないのかと問われたところ、コレクターが所有する作品や、コレクションの一部として出品される作品は、誰にも所有された経緯のない作品と比べて高い価値がつくと、ランプリーは答えた。「今のところそれが事実として市場に現れてしまっているのです」

数十年にわたってコレクションを続けてきたヒルは、他人に自慢する意識や市場に打ち勝とうとする考えをもつのではなく、アーティストのキャリアを通して複数の作品を手に入れることを念頭に置いているという。そのためにも彼は、シュワルツマンのようなアートアドバイザーやグッゲンハイム美術館、ハーシュホーン博物館と彫刻の庭と関係をもったり、ジェームズ・T・デメトリオンやランプリーといった美術専門家に協力を仰いだりしてるのだ。「ブルック(・ランプリー)は豊富な知識をもっていますし、サザビーズを通して作品を買うことが多いです」と、ヒルは大きな笑みを浮かべながら語った。

将来を見据えた収集活動が必至になる

ヒルは、2023年にクリスティーズが開催したクラウディア・クエンティン・コレクションのオークションで、ルネサンスとバロック期に作られた銅像を「手ごろな価格」で入手し、後退している景気の恩恵を受けたという。「自分が何を望んでいるのかを我慢強く探りながら、臨機応変に決断をすることが大切だと思います」と、彼は語る。

市場が低迷しているときに競売から個人売買に移行することは、売り手が所有している作品の価格を保護するための手段であると、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを引き合いに出しながらランプリーは語る。「売り手は価格を調整することに非常に消極的なのです」

価格に関する合意の欠如が作品の供給縮小を招いていることから、オークションハウスはギャランティー制度を導入して売却を促進しようとしている。「ある程度の売り上げは、ギャランティーのおかげで確保できています」と、ランプリーは語る。「一つの作品に数億ドルの値が付くなど、500万ドル(約7億9000万円)をはるかに超える取り引きは確実に行われています。とはいえ、こうした取り引きは、出品側が自由に価格を調整できるプライベートセールで実施されています」

将来的には、商業用不動産業界がアート業界や美術館に投資するだろうとヒルは推測しており、このカンファレンスの会場となったThe Spiralのロビーにある大規模な作品や、ウエストサイド・マンハッタンにあるチャールズ・レイクリストファー・ウールの作品を例に挙げた。「多くの建物を改修する必要はありますが、アートは人々に生きている感覚を伝えるための素晴らしい媒体なのです」と、彼は言う。

シュワルツマンは、より多くのコレクターが過去に縛られており、それが購買行動に影響していることを指摘してカンファレンスを締めくくった。「コレクターたちが何を買っていて、それをなぜ購入したのかを問われる日がいつか訪れることでしょう。『今日はどんな楽しいことをしようかな』ではなく、将来に関する懸念が意識した行動が多くとられるようになるはずです」(翻訳:編集部)

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