海に沈んだ温泉街から、雄弁家キケロの浴場跡を発見か。保存状態良好のモザイク床も出土
古代ローマの温泉リゾートとして皇帝や貴族に愛されたバイア(バイアエ)の海底遺跡から、保存状態の良い浴場跡が見つかった。紀元前1世紀の政治家、哲学者で雄弁家としても知られるマルクス・トゥリウス・キケロの別荘であることを示す初の物的証拠になるかもしれないという。

イタリア・ナポリ湾の北西に位置するバイア(Baiae、バイアエとも)には、かつて硫黄泉の効能で知られる温泉街があり、カエサルやルクッルス、アウグストゥス帝、ネロ帝、ハドリアヌス帝といった古代ローマの皇帝や特権階級の間で絶大な人気を博していた。ハドリアヌス帝は、西暦138年にバイアの別荘で死去したとされる。
現在は海底遺跡となっているこの場所で、新たに良好な保存状態の浴場跡が見つかった。考古学専門メディアのヘリテージ・デイリーによれば、古代の文献に記されているキケロの有名な別荘の浴場に関係する可能性があると、研究者たちは見ている。
当時の貴族たちの豪奢な生活と享楽ぶりは、ローマの詩人セクストゥス・プロペルティウスが「贅沢の渦」や「悪徳の港」と表現するほどだったが、4世紀頃からの地盤沈下でバイアは沿岸域から海に沈み始める。火山の影響で地面が周期的に隆起と沈下を繰り返す「緩慢地動」が原因で、8世紀以降は火山活動がさらに進行。最終的には16世紀から18世紀にかけ、かつて栄えたリゾート地のほとんどが海中に没してしまった。
水面からわずか3メートルほどの海底で見つかった浴場跡には、小さなレンガの柱に支えられたモザイクの床がほぼ当時の状態のまま残っていた。これは、サスペンスラという古代ローマの床暖房設備の一部で、熱風が床下とタイルの中空壁(トゥーブリ)を通り、ラコニクムと呼ばれる現在のサウナのような空間を作るためのものだ。古代ローマの権力者の浴場施設には、これと同様のものが見られるという。
また、壁画の痕跡から、浴場には豪華な装飾が施されていたと思われる。現在、出土した陶磁器の破片の詳細な調査が進行中で、研究者チームはこれらの陶磁器や装飾、遺構などの分析から、キケロの別荘との関連が確認できると考えている。
2023年の発見以来、この別荘跡では継続的に発掘調査が行われてきた。今回発見された浴場は、秋からモザイクの床のクリーニング作業や残っている壁画の保存処理などの修復が行われる。(翻訳:石井佳子)
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