現代の問題を解決するヒントは美術史にある【見落とされた芸術家たちの美術史 Vol.1】
大和絵の時代から近代に至るまで、なぜ日本史や美術の教科書に登場する巨匠は男性ばかりなのか? その社会的な理由と数少ない女性画家たちの歩みを、ジェンダー美術史を専門とする吉良智子が紐解く連載「見落とされた芸術家たちの美術史」。第1回は、そもそもジェンダー美術史とは何か、そしていまそれを研究する意味を訊いた。
──吉良さんはジェンダーの視点から日本美術史を研究されています。最近では「ジェンダー美術史」と称されることもありますが、どのような領域なのか教えてください。
論じ手によってどうとらえるかに差異はあると思います。それを踏まえておおまかにお話すると、「ジェンダー美術史」と呼ばれる領域には、大きくわけてふたつの視点があります。ひとつは男性が生み出した女性像を、ジェンダーやフェミニズムの視点から分析していくものです。男性が生み出した女性像が、女性に対するゆがめられた理想像や偏見を打ち出していないか、当時を生きた実際の女性たちとどのくらいの乖離があるのか、その絵を描くことによって社会にどんな欲望を持ち込もうとしたのかを分析する領域です。もうひとつは女性アーティストの作品や活動について、女性学的目線から考えていくもの。例えば、ある作品が生まれた時代背景を考えたり、女性アーティストが少ない社会的な理由を分析したりといったことです。「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか」という論文で知られるリンダ・ノックリンの研究もこの領域ですね。近年ではジェンダーのみならず、階級や人種、セクシュアリティーなどが交差することで起こるさまざまな差別に目を向けるインターセクショナリティの視点も重視されています。
──吉良さんのご専門は後者にあたると思いますが、日本では例えばどのような研究があるのでしょうか?
例えば、山崎明子さんという研究者が行なっている近代日本の手芸の研究がそのひとつです。彼女の著書『近代日本の「手芸」とジェンダー』によると、手芸と工芸とのあいだに本質的な違いはなく、作り手のジェンダーによって分けられていました。また家庭生活の潤滑油として女性が担っていた手芸は、国家によってすべての女性に奨励されたのです。その理由として山崎さんは、女性を貨幣経済の担い手から排除し、家庭生活のために役に立つ技術を身に着けることで女性を主婦として国民化していったことを挙げています。
手芸は内職として役には立ったのですが、それが可能だったのは大黒柱を失った場合でした。これは近代化や西洋化を目指した国によって前近代になかった「良妻賢母」という概念が明治期につくられ、女性には「結婚して主婦になって子育てをする」という役割が与えられたからです。裏を返すと、女性がどんなに能力があったとしても「主婦」という役割に留め置かれてしまうので、プロとして経済活動を行なうことを難しくしていたんです。
山崎明子著『近代日本の「手芸」とジェンダー』(2005年/世織書房)
──女性アーティストが生まれにくい近代日本ならではの理由があったのですね。ちなみに「美術史」といったとき、その範囲はどこからどこまでを指しているのでしょうか?
例えば、マルシア・ポイントンというイギリスの美術史家が書いた『はじめての美術史』という本では、「レンブラントの作品からストッキングのパッケージまで」とされています。要するに、ビジュアルイメージはすべて美術史の範囲内だという意見です。とはいえ、私が美術史を学び始めた1990年代前半においては、日本の美術史業界で同様の見方をしている人は少数派だったと思います。美術史の対象になる作品は「巨匠が手がけたマスターピース」でなければならず、作品が優れていることが研究対象にするかどうかの暗黙の条件になっていたからです。
──巨匠と呼ばれるアーティストが男性であることを考えると、必然的に女性は研究の対象になりづらいということでしょうか?
そうですね。そもそも女性アーティストが出てきにくい理由は教育や社会制度にあるのですが、それが見えていなかったという側面もあると思います。女性アーティストがいないのは女性には才能がないからだ、という認識が、言語化されなくとも暗黙の了解として存在していたということですね。ただ、そうした風潮は変わってきています。イギリスやアメリカの美術史研究では、1980年代に「ニュー・アートヒストリー」という潮流が表れました。これは従来のように作品の美的価値に焦点をあてるのではなく、その作品が何を表していて、誰の欲望を反映しているのかといった文化的、社会的文脈から考察しようという流れです。それが、私が大学で美術史を勉強していたころから日本の大学教育にも入ってきました。
表現の評価基準に存在する根深い問題
──非常に限られていますが、江戸時代中期に文人画家として活躍した池玉瀾など、以前から研究の対象になっていた女性アーティストはいました。そうしたアーティストは何をもって評価されていたのでしょうか?
基本的には、男性の美術にどのくらい接近しているか。そしてダブルバインドですが、その作品のモチーフや色、画材などが女性らしいかどうかも評価の基準に置かれていました。たとえばパトリシア・フィスターさんの『近世の女性画家たち 美術とジェンダー』では、女性文人画家である亀井少琹が描いた大胆な筆遣いの作品に対して、禅僧で画家でもあった仙厓は「女性のふるまいは竹のようにしなやかであるべき」という意味の讃を寄せたことが指摘されています。ただ、これはリンダ・ノックリンが指摘していることですが、女性作家の作品を一堂に集めたときに共通したものはありません。よく考えてみれば当たり前なのですが、女性のアーティストに限らず男性アーティストも、自分たちが生きた時代に流行したテクニックを使っている、というだけのことです。
──作者のジェンダーありきで、後付けされた特徴ということですね。
分野は違うのですが、作曲家のジェンダーを隠して曲を聞いてもらい、ジェンダーをあててもらうという実験をした小林緑さんという女性作曲家の研究者がいます。その回答は、当たり前ですが見事なほど一致しないのだそうです。これと同じことが、アートにも言えます。だから本質的な女性らしさや男性らしさがあるわけではなく、もしあるとすれば師匠に「あなたは女性だからこのモチーフがいい」と指導されたり、女性作家が戦略的に女性らしさを打ち出したほうが有利だと考えたりといった、なにかしらの後天的な理由なんですよね。
マルシア・ポイントン著『はじめての美術史-ロンドン発、学生着』(1995年/スカイドア)絶版
いまを生きている人のための研究
──そう考えると、ジェンダー美術史は過去の評価軸に対する問いでもあるということですね。最後になりますが、吉良先生自身はなぜジェンダー美術史を研究されているのでしょうか?
やはり自分の生き方と深く結びついてしまっているからです。これは美術史という分野の悪いところだと思うのですが、現代の作家に関心がない研究者もやはりいて、もともと近現代の物故者の作品のみを扱っていた私自身もそのひとりでした。でも、私の近代美術の研究にいちばん関心を示してくださったのは、いま生きて作品をつくっている現代の作家さんたちでした。それに気づいたとき、私はいま生きている人のためになる研究をしたいと思ったんです。
──いまを生きる人のためになる美術史研究とは、どういうことでしょうか?
現代の女性たちが抱えている苦しみの多くは近代化後の120年ぐらいの間に生まれたもので、それを変えるためのヒントが歴史のなかにはあると私は信じています。だから、いまの問題を解決するために、歴史を見ていきたいと思うんです。もちろん、個人的な選択として、社会構造を変えずに自分自身がうまく立ち回る方法もあるでしょう。でも私はそうした生き方になじめませんし、あとから来る人のためにもならないと思っています。だからこそ、社会構造を変えるための研究を続けているんです。
第2回はこちら。
吉良 智子
1974年東京都生まれ。2010年千葉大学大学院社会文化科学研究科修了(博士(文学))。著書に『戦争と女性画家 もうひとつの「近代」美術』(ブリュッケ、2013年)、『女性画家たちの戦争』(平凡社新書、2015年)。『戦争と女性画家』において女性史青山なを賞を受賞(2014年)。専門は近代日本美術史、ジェンダー史。
Text: Asuka Kawanabe Photos: Yuri Manabe