アート・バーゼルVIP招待日に売れた超高額作品は? 大手ギャラリーの販売状況をリポート
アート市場の最新動向を把握する重要な指標となるのが、毎年スイスのバーゼルで開かれるアートフェア、アート・バーゼルに出品される高額作品の点数と、VIP中のVIPが招待される初日の売り上げだ。2023年のアート・バーゼル初日(ファーストチョイス)の状況をリポートする。
ルイーズ・ブルジョワ作品が複数売約済に
ニューヨークのギャラリー、アクアヴェッラは、100万ドル超の作品を数点出展。ブースの目玉はマーク・ロスコの《Untitled (Yellow, Orange, Yellow, Light Orange)》(1955)だ。価格は6000万ドル(約84億円)で、初日の終わりにはリザーブ(仮押え)が入っていた。また、同ギャラリーのブースでは、2点のジャン=ミシェル・バスキア作品が900万ドルと800万ドル(約12億6000万円と11億2000万円)で出品されていた。ロンドンのサイモン・リーでは、1000万〜1500万ドル(約14億~21億円)とされるバスキアの絵画1点がリザーブされていた。
一方、ハウザー&ワースでは、ルイーズ・ブルジョワの《Spider IV》(1996、エディション6)が2250万ドル(約31億5000万円)で、やはりブルジョワの彫刻作品《Personages》(1953)が750万ドル(約10億5000万円)で売れるなど、複数の大型作品が売約済みになっていた。
ハウザー&ワースの共同設立者・社長、イワン・ワースは声明でこう述べている。「スイス生まれのギャラリーである当社にとって、アート・バーゼルが試金石になることは言うまでもありません。いつも希少価値の高い作品を選りすぐって出品しています。同時に、ブースの展示内容は、大切な顧客であるコレクターとの関係が反映されたものです。私たちと同様、アートに対する情熱と真摯な姿勢を持つコレクターの方々とは、長年にわたり密接かつ継続的な協力関係にあります」
ペース・ギャラリーも初日に数点の売り上げを報告した。同ギャラリーの最高価格、1400万ドル(約20億円)の値が付けられたジョアン・ミッチェルの1963年の作品は、初日の終わりにリザーブとなっていたが、2日目の早朝には売れたという(実際の販売価格は明らかにされなかった)。スカーステッドが出品した600万ドル(約8億4000万円)のキース・ヘリングも、初日が終わった時点ではまだ売れていなかった。
注目されたポルケとデ・クーニングの作品
今回のフェアで目を引いたのは、アート市場にはなかなか出回らないジグマー・ポルケのレンズ・ペインティングの作品《The Illusionist》(2007)が出品されていたことだ。マイケル・ワーナーが出品したこの作品は、2014年にニューヨーク近代美術館(MoMA)を皮切りに、テート・モダン(ロンドン)、ルートヴィヒ美術館(ケルン)に巡回したポルケの回顧展で展示されたもの。ギャラリーによると、直近はダラスの個人コレクションに属していたこの作品は、ダラスを拠点とし、US版ARTnewsのトップ200コレクターズにランクインしているシンディ&ハワード・ラチョフスキー夫妻の私設美術館、ウェアハウスでの展覧会で展示されたこともある。同美術館のウェブサイトでは、この作品はラチョフスキー・コレクションと、やはりダラスのコレクターであるジェニファー&ジョン・イーグル夫妻の共同所有とされている。
1970年代後半のウィレム・デ・クーニングの絵画2点が出品されていたのも興味深い。どちらも2022年にクリスティーズのオークションで、1点2000万ドル(約28億円)を超える価格で売りに出されている。
そのうち、ニューヨークのムニューシン・ギャラリーの《Untitled XXI》(1977)は、2022年5月に第三者保証付きで出品され、2500万ドル(約35億円)で落札された。ギャラリーは希望価格を明らかにしなかったが、あるコレクターによると、アート・バーゼル開幕以前に確認した価格は2800万ドル(約39億円)程度だったという。
一方、ガゴシアンの販売担当者が提示したデ・クーニングの《Untitled III》(1978年頃)の価格は3300万ドル(約46億円)だった。この作品は2022年11月、クリスティーズのオークションに保証付きで出品されたが落札には至らなかった。当時US版ARTnewsが報じたように、この作品の希望価格は3500万ドル(約49億円)以上だったが、オークション開始からわずか1分後には不落札が宣言された。販売後の記者会見でクリスティーズの幹部は、この作品は自社で所有すると述べている。
ガゴシアンは、アート・バーゼルのブースにあるこの作品が委託販売であることを認めた。2022年11月から現在までの間に売れなかったと仮定すると、委託したのはクリスティーズである可能性が高い(ただし、この点に関してガゴシアンはコメントの要請に応じていない)。複数のディーラーに聞いた話によると、アートフェアでオークションハウスがギャラリーに作品の販売委託をしているのは珍しいことではないという。
作品価格の開示をめぐる問題
デヴィッド・ツヴィルナーは、プレスリリースでジョアン・ミッチェルやアグネス・マーティンなどのセカンダリーマーケット(*1)での販売について発表したが、同時に、今後はプライマリーマーケット(*1)で販売された作品の価格のみを報告するとした。一部の大手ギャラリーではセカンダリーマーケットでの売り上げや価格の報告が慣例化している中、これは異例の動きであり、ギャラリーが発表する作品の売却価格の信ぴょう性への疑問が改めて浮上することになるだろう。なお、特に断りのない限り、この記事でも作品の価格はすべてギャラリー側の希望価格だ。コレクターが値引き交渉に成功したかどうかは、報道関係者には明らかにされない。
*1 プライマリーマーケットとは、作品が最初に世に出る市場で、通常はアートギャラリーや百貨店、アートフェアなどで作家が作品を発表し、売買される。セカンダリーマーケットは、プライマリーで顧客が購入・所有していた作品を、オークションなどで再販(転売)する市場。
ギャラリーのオーナー、ツヴィルナーはUS版ARTnewsに対し、これは顧客を保護するためだと説明した。「顧客のプライバシーを守るために、販売後に取引価格を公表することはしません。我われのビジネスの一部を守るためでもあります」
ツヴィルナーは、フェア前に報道関係者が希望価格を知ることは避けられないので、それは構わないと付け加えた。ちなみに、ガゴシアンのフェア前の価格を知るコレクターは、デ・クーニング作品には3500万ドル(約49億円)の値札がついていたと話している。ツヴィルナーはまた、5月にニューヨークで行われた複数のオークションでリザーブ・プライス(*2)が引き下げられ、全体として振るわない結果に終わったことで、悲観的な報道が目立ったことについて異論があると言い、「5月のオークションでアート市場の現況が把握できたので、顧客と冷静な会話ができるようになった」と語った。
*2 オークションで、作品の最低売却価格として出品者が定める価格。非公開の場合もあり、リザーブ・プライス未満の入札しかなかった場合は販売されない。
ツヴィルナーによると、今年のこれまでの売り上げは、全体として2022年より「大きく改善」されているという。実際、ノア・デイビスの絵画《Graduation》(2015)が200万ドル(約2億8000万円)、エリザベス・ペイトンの絵画《Spencer Drawing》(1999)が100万ドル(約1億4000万円)といった売り上げを達成している。初日の午後3時時点で、2022年と比べて販売額では30%増、販売点数はさらに増加率が高いと話していた。(翻訳:清水玲奈)
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