世界のトップコレクター10人が今年購入した作品は? その選択から読む、アートワールドの現在地
毎年恒例、US版ARTnews「TOP 200 COLLECTORS」の2025年版が発表された。世界有数の大コレクターたちは、いったいどんな作品を買っているのか? この1年間の購入作品について、いくつかの傾向をもとに10人の回答をまとめた。

アート市場の見通しは依然不透明で、作品の売れ行きも以前に比べてぱっとしない。そんな状況では、US版ARTnewsが選ぶトップ200コレクターにも買い控えの傾向がありそうなものだが、最近の購入状況について尋ねた毎年恒例のアンケートの結果は、予想を覆すものだった。トップ200コレクターは、これまでと変わらず作品を購入している。ただ、変化が見られるのはその優先順位だ。一流アーティストの作品は慎重に選ぶようになった一方、信頼するギャラリーの提案を積極的に受け入れている。
今年コレクターの支持を得たアーティストは、スターテヴァント、エミリー・カーメ・ウングワレー、レオノーラ・キャリントン、エドガー・ドガ、ギュスターヴ・クールベ、M. F. フセインなど美術史上の重要作家のほか、ナイリー・バグラミアン、キャロリン・ラザード、シモーヌ・リー、サルマン・トゥール、キャロライナ・カイセド、ディエゴ・シン、ジャクリーン・ハンフリーズ、そして今年初めて200人の中に自らがランクインしたラシード・ジョンソンといった注目の現代アーティストなどだ。
ここでは、日本人アーティストの作品や今年人気を集めた「シュルレアリスム」、「オールドマスター」の作品を購入したコレクター、さらには急速にアートシーンが発展している湾岸諸国のコレクターなど、10人を選んで紹介する(2025年のコレクター一覧はこちらから)。
レベッカ&マーティン・アイゼンバーグ(Rebecca and Martin Eisenberg)

レベッカ&マーティン・アイゼンバーグ夫妻は今年前半、以前から注目していた新進アーティスト2人の作品を購入した。1点は、マシュー・ブラウンのロサンゼルスのギャラリーで個展が行われたミシェル・ウコッターの《The Musicians(ミュージシャンたち)》(2025)。もう1点は、デイヴィッド・ツヴィルナーで開催された、西村有のニューヨークデビュー展に出品された《Spring Field(春の野原)》(2025)だ。西村についてマーティンは、「彼の風景画に惹かれるのは、夢のような広がりと独自のスタイルがあるからです。長い年月にわたって楽しめるタイプの絵画だと思います」と述べている。
サラ&ジョン・シュレシンジャー(Sara and John Shlesinger)

サラ&ジョン・シュレシンジャーが最近購入したものは、1950年代からフランスで活躍し、欧米で高く評価された画家・版画家の菅井汲による《Untitled(無題)》(1973–74)のほか、ジョーン・スナイダー、ダニエル・アーシャム、ケリー・シナパ・メアリー、サミュエル・リーヴァイ・ジョーンズといった作家の作品だ。
高橋龍太郎(Ryutaro Takahashi)

高橋龍太郎が今年コレクションした作品のひとつが、岡﨑乾二郎の《Heaven’s Path Dim—Threads Rise to Light, Lines Seek the Deep / 諒天道之微昧,仰飛纖繳,俯釣長流》(2025)だ。岡崎は2021年に脳梗塞で倒れて右半身不随になったが、リハビリのおかげで大作に取り組めるまでに回復した。高橋は、大病以降の岡崎作品について、「以前にも増して力強く、多作になっています。この1年でも数多くの彫刻を制作していますが、この作品こそ彼の最高傑作だと思います」と述べている。
エドゥアルド・F・コスタンティーニ(Eduardo F. Costantini)

エドゥアルド・F・コスタンティーニがこの1年でコレクションに追加したのは、イギリスのシュルレアリスト、レオノーラ・キャリントンなどの作品だ。キャリントンについては、彫刻《La Grande Dame(偉大なる女性)》(1951)と絵画《Las distracciones de Dagoberto(ダゴベールの気晴らし)》(1945)を購入。後者はサザビーズでの激しい入札合戦の末、1130万ドル(最近の為替レートで約17億3000万円、以下同)で落札している。
ベティ&アイザック・ラドマン(Betty and Isaac Rudman)

ベティ&アイザック・ラドマン夫妻が今年購入した作品には、シュルレアリスムの影響を受けたキューバの画家、ヴィフレド・ラムの《View of Segovia (Plaza del Azoguejo)(セゴビアの眺め[アソゲホ広場])》(1929)と《Personnage N. 2(人物N.2)》(1939)、そしてスペイン出身でメキシコに移住したシュルレアリスト、レメディオス・バロの《Microcosmos (or Determinismo)(ミクロコスモス[あるいは決定論])》(1959)などがある。バロの作品は6月のサザビーズのイブニングオークションで、180万ドル(約2億8000万円)で落札された。
ジャニーン&J・トミルソン・ヒル(Janine and J. Tomilson Hill)

ジャニーン&J・トミルソン・ヒル夫妻が最近購入し、多様なコレクションのうちオールドマスターのカテゴリーに加えられたのは、ルネサンス期ヴェネチア派の画家、ヤコポ・バッサーノの《The Way to Calvary(ゴルゴタの丘への道)》(1542-45)だった。
スルタン・スード・アル・カセミ(Sultan Sooud Al Qassemi)

UAEシャルジャ首長国のスルタン・スード・アル・カセミは、エジプトのシュルレアリスト、インジ・エフラトゥーンの《The Fourth Wife(第四夫人)》(1950年代初め頃)を今年新たに購入した。アル・カセミが設立したバルジール芸術財団は、この秋エフラトゥーン作品集の刊行を予定している。そのほか、ナゼム・アル・ジャアファリの《Malak in Abbasid Dress(アッバース朝様式の衣装をまとった天使)》(1950年代)や、アフィファ・アレイビーのコミッション作品《A Wonderful World(すばらしい世界)》(2024)もコレクションに加わった。後者はイスラム文化の発展に重要な役割を果たした16人の歴史上の女性たちを取り上げたものだが、アル・カセミはそれと対になるような作品を所有している。それは、16人の男性科学者を描いたマフムード・ハマドの《Muslim Scientists(イスラムの科学者たち)》(1988)だ。
ゲイリー・スティール、スティーブン・ライス(Gary Steele and Steven Rice)

ゲイリー・スティールとスティーブン・ライスは今年、ラシード・ジョンソンの《Quiet Painting “Spectrum”(静かな絵画「スペクトラム」)》(2025)、ホン・ウンナムの《Patient(患者)》(2025)、そしてエイミー・シェラルドの《In the Garden of Herself(彼女自身の庭で)》(2024)を購入した。シェラルドの作品は、アメリカ各地を巡回中の彼女の大型個展で展示されているものだ(*1)。スティールとライスは、「エイミーが私たちの世代の最も重要な肖像画家の1人なのは間違いありません。ごく普通の人々を称え、伝統的な固定観念に挑むスタンスは比類のないものです。この作品でも、その特徴がはっきり示されています」と述べている。
*1 ワシントンD.C.のスミソニアン国立肖像画美術館にもこの展覧会の巡回が予定されていたが、自由の女神像を黒人のトランスジェンダー女性として描いた絵画をめぐってキュレーター側と対立したため、シェラルドは中止を決めた。背景には、トランプ政権がスミソニアン協会への締め付けを強めようとしていることがある。
プラット・ “チャン” ・オーサターヌクロ(Purat “Chang” Osathanugrah)

US版ARTnewsのトップ200コレクターに名を連ねていたペッチ・オーサターヌクロの息子であるプラット・ “チャン“ ・オーサターヌクロが、今年、リストに加わった。プラットは、間もなく開館する現代アート美術館、DIBバンコクのコレクションに追加するためのアート作品を購入している。DIBバンコクは2023年に亡くなった彼の父が構想したプロジェクトで、そのコレクションが収蔵される。最近の取得作品には、ペイハン・ブノワの《Sardanapalus’s Pillow Fight(サルダナパロスの枕投げ)》(2024)や、ナウィン・ヌートンの《Paper Wing(紙の翼)》(2024)などがある。プラットは、ヌートンについてこう述べている。「彼は私と同じ世代で同じ街の出身なので、特に身近に感じています。彼のイマジネーションが生み出す世界は、過去と未来の境目を曖昧なものにし、テクノロジーが文化体験のあり方を変える中で進化しています。ネット接続がダイアルアップ方式だった頃から、TikTokダンスの時代までを生きてきた私にも共感できるものです」
アマンダ&グレン・R・ファーマン(Amanda and Glenn R. Fuhrman)

アマンダとグレン・R・ファーマン夫妻は、長年ロイ・リキテンスタインの大型屋外作品《House III(ハウスIII)》(1997)に愛着を感じていた。それはリキテンスタインの死後、妻のドロシーがロングアイランドのサウスハンプトンにある自宅の芝生に設置していたものだ。グレンは最近この作品を購入したことについて、こう述べている。「彼女が(2024年に)亡くなった後、遺産管理人から興味はないかと打診があったときに購入を即決し、ロングアイランドにある我われの家に移しました。この作品は家族に大きな喜びをもたらしてくれますし、私にとっては見るたびにドロシーやロイとの素晴らしい思い出がよみがえります」(翻訳:清水玲奈)
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