美術品価格を上昇させるEUの税率変更をアーティスト120人が批判。「強力な文化ソフトパワーを失う」と危機感
フランスのアーティストたちが、EUの新しい付加価値税(VAT)指令を批判する異例の寄稿を行った。ル・モンド紙に掲載された記事には約120人の作家が署名している。
アーティストたちが問題にしているのは、新たなVAT指令で標準税率の下限が引き上げられる点だ。それによって、フランスでの美術品価格が著しく上昇することを懸念している。
寄稿記事では、「こうした施策について、アーティストがペンを取ることに驚く人もいるに違いありません。しかし、もしフランスがこの指令をそのまま国内法に取り入れると(*1)、わが国のアートシーンが脅かされることになるのです」と述べられている。
*1 EU加盟国は、VAT指令の枠内で自国の諸事情を鑑みて国内法を制定する仕組みになっている。
同記事の賛同者には、2022年のヴェネチア・ビエンナーレにフランス代表として参加したジネブ・セディラや、1月下旬までポンピドゥー・センターで回顧展が開催されていたジェラール・ガルーストのほか、ダニエル・ビュラン、オルラン、ファブリス・イベール、ジュリアン・シャリエール、JR、アネット・メサジェ、マシュー・ルッツ・キノイ、ウーゴ・ロンディノーネ、マルシャル・レイスが名を連ねている。
記事はこう続く。「美術館、アート市場、そして私たちアーティストで成り立っているアートのエコシステム全体が危機に瀕しています。私たちの作品は、パリ以外にもブリュッセルやロンドン、香港、ニューヨークなど全世界で同じ値段で売られています。こうしたグローバル化したシステムの中で税率が4倍になれば、フランスでの作品購入を躊躇させ、ひいてはヨーロッパ、フランスでの作品の流通や存在感を失わせることになります」
2022年4月5日に欧州委員会が全会一致で採択した新たなVAT指令は、EU加盟27カ国全てにおいて、美術品を含む物品の標準税率下限を15%から20%に引き上げるものだ。この指令は、フランスのディーラーが個々の作品に支払うVATの額を抑えるために利用していた「マージン課税制度」にも影響を与える。しかし、1月末にフランスの経済紙レ・ゼコーが、フランスの美術品・古美術品市場に与える影響について調査したリポートを発表するまで、この指令は広く知られていなかった。
同リポートの分析によると、税率引き上げは上昇基調にあったフランスのアート市場に壊滅的な影響をもたらすという。フランスのアート市場は、2001年に3%だった全世界における売上高シェアを、2021年には7%にまで伸ばしている。また、この10年でデビッド・ツヴィルナーやハウザー&ワースといった最大手ギャラリーがパリに進出したほか、昨年パリで開催されたアートバーゼルのParis+が4万人の来場者を集めるなど、フランスの存在感が増している。
こうした好調さは、フランスで美術品・古美術品に対する税率がEUで最も低いレベルの5.5%に設定されている(*2)ことが一因と考えられる。これは、ドイツ(19%)やスペイン(21%)など、フランスと同規模のアート市場を持つEU諸国の税率を大幅に下回る。
*2 EU加盟国は、特定の商品やサービスに対して1~2種類の軽減税率(下限は5%)を適用できる。
2月に入り、アートギャラリーを代表する団体、CPGA(Comité Professionnel des Galeries d'art)は、新税率に関して例外を認めるようフランス政府に働きかけを行うと発表した。同団体のプレスリリースには、「文化省が財務省から美術品を例外とする承認を得るか、フランス政府がEU全体での猶予期間を交渉することを求める」と記されている。また、このVAT指令は、アート市場でフランスと競合するアメリカ、スイス、香港、イギリス(ブレグジット前は海外バイヤーのEU市場へのゲートウェイだった)を甚だしく利するものだとしている。
ル・モンド紙への寄稿で、アーティストたちはこう主張する。「フランス、ヨーロッパ、そして世界で輝くためには、文化が流通し、共有される必要があります。世界の大国が強力な文化ソフトパワー戦略を推進している今、『文化的例外』(*3)を発案したヨーロッパとわが国が、その富を手放していいのでしょうか?」(翻訳:石井佳子)
*3 文化を他の商品とは異なる方法で扱うために、1993年に関税と貿易交渉に関する一般協定でフランスによって導入された政治的概念。
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