ARTnewsJAPAN

弱者の視点と悲哀を描いた先駆的版画家──ケーテ・コルヴィッツ展が2024年にMoMAで開催

ニューヨーク近代美術館(MoMA)が、ケーテ・コルヴィッツの回顧展を2024年に開催する。コルヴィッツは、女性や労働者たちを描き、人々の悲しみや戦争など心に突き刺さるテーマに挑んだドイツの先駆的な版画家だ。この回顧展には、どんな思いが込められているのだろうか。

ケーテ・コルヴィッツの「戦争」シリーズより《両親》(制作:1921-22 出版:1923)。Phoro: ©2023 Artists Rights Society (ARS), New York / VG Bild-Kunst, Bonn; The Museum of Modern Art, New York

改めて、ケーテ・コルヴィッツとは誰か

ニューヨーク近代美術館(MoMA)の版画・素描キュレーター、スター・フィグラとキュレトリアル・アシスタントのマギー・ハイアが企画したケーテ・コルヴィッツ回顧展の会期は、2024年3月31日から7月20日まで。彼女の回顧展がニューヨークの美術館で開かれるのは初めてで、大規模な展覧会がアメリカで開催されるのは30数年ぶりになる。

フィグラがコルヴィッツ展の企画について考え始めたのは5年ほど前のことだったが、コロナ禍によって計画が遅れていた。展覧会に向けて本格的な調査を再開したのは2021年。MoMAの常設コレクションに含まれておらず、それまで馴染みがなかったコルヴィッツの作品に海外の美術館で出会ったことがきっかけだった。

「打ちのめされるほど感動しました」と、フィグラはUS版ARTnewsのインタビューに答えている。「彼女の作品はそれほどまでに人の心を揺さぶるのです。これは、ぜひとも多くの人にも見てもらわねばと思いました。名前は知られていますが、少なくともアメリカでは、そしてニューヨークでは、その作品を直接見る機会は多くありません」

1867年にプロイセンのケーニヒスベルク(現在はロシアのカリーニングラード)に生まれたコルヴィッツは、キャリアの大半をドイツで過ごし、1945年にドイツで亡くなった。アメリカでは専門家以外で彼女を知る人はまだ少ないが、フィグラは今回の展覧会でその状況を変えたいと考えている。

「コルヴィッツは美術史の中でも興味深い位置付けにあります。グラフィックアートに関心のある人なら彼女の作品を知っているでしょう。フェミニズムの問題に関心のある人も、フェミニストアートや女性アーティストを代表する存在である彼女の仕事を知っています。そして、社会的・政治的テーマを扱ったアートに関心のある人も、彼女の作品を知っているでしょう。しかし、モダニズムの歴史全体から見れば、彼女は周縁的な存在なのです」

フィグラはさらに、「美術史をより多様な作家たちの仕事を通して捉えるようになった今、彼女がその中でどう位置付けられるのか、改めて考えるのは意義のあることだと思います」と付け加えた。

コルヴィッツが周縁的な存在とされた理由

なぜコルヴィッツが周縁的な存在とされてきたのか、フィグラはいくつかの要因を挙げている。たとえば、彼女のジェンダーや、主にグラフィックアートの分野で活動していたこと、工業化と第1次世界大戦後の時代に労働者階級が置かれた苦しい状況を浮き彫りにするなど、社会正義の問題に焦点を当てたことなどだ。彼女がこうしたテーマを扱った2つの主なシリーズ、「農民戦争」(1902-08)と「戦争」(制作:1921-22 出版:1923)も来年の回顧展で紹介される。

「彼女が芸術家として活動した1890年代から1940年代初頭にかけては、美術史の中では抽象芸術が台頭してきた時期とだいたい重なります。そのような時代にも、彼女が具象表現を貫きながら芸術の社会的役割にこだわり、弱い立場の人々の姿を描き続けたのは注目に値します」

ケーテ・コルヴィッツ《Frau mit totem Kind》(1903) Photo: ©2018 Artists Rights Society (ARS), New York / VG Bild-Kunst, Bonn; The Museum of Modern Art, New York

出展作品のリストはまだ確定していないものの、フィグラによればMoMAの常設コレクションの作品(コルヴィッツ作品を約35点所蔵)と、アメリカやヨーロッパの美術館およびコレクションから借り受ける作品を合わせ、約120点から130点を展示する計画だという。この展覧会の見どころは、「極めて手の込んだ」コルヴィッツの創作過程をつぶさに見られることで、特に刷り上がった版画に大幅に手を加えた作品でそれを確かめることができるとフィグラは述べている。この中には、彼女の有名な銅版画《Frau mit totem Kind》(1903)の習作や試し刷りも含まれる。

「コルヴィッツは常に修正と手直しを繰り返し、感情的な真実を表現するのに最適な方法を見つけようと力を尽くしていました。これらの貴重な作品を集めることで、彼女が完成に向かって一歩一歩進む様子を目の当たりにできます。その創造のプロセスと驚くべき技量には、本当に圧倒されます」

現代社会に通じる普遍性

彫刻家としても活動したコルヴィッツの最も有名な作品の1つに、ベルリンのノイエ・ヴァッヘ(戦没者追悼施設)に常設されている《ピエタ》(1937-38)がある。母親が亡くなった子どもを抱くこの彫刻は、コルヴィッツの個人的な経験を反映したものだ。彼女の息子の1人は第1次世界大戦が始まって間もなく、わずか18歳で戦死した。

ちなみに、パフォーマンス・アーティストのアイザック・チョン・ワイがこの彫刻について考察した2015年の映像作品を、香港のブラインドスポット・ギャラリーが6月にアート・バーゼルサテライトフェア、リステで展示していた。

「彼女はその悲しみと生涯向き合っています。息子が亡くなる前から悲嘆は彼女の作品における主要なテーマでしたが、それ以後はますます大きな位置を占めることになりました」とフィグラは言う。

コルヴィッツは75年以上も前にこの世を去っているが、コロナ禍やウクライナ戦争などの厄災が続くここ数年、その作品は「ますます今日的な意味を帯びてきている」とし、フィグラはこう説明した。

「私は彼女の普遍的なメッセージと、感情を重視する姿勢に惹かれました。コルヴィッツの作品は、今日の社会的・政治的問題を彼女が生きた時代と同じような切実さで語っています。悲嘆や戦争といった題材は、今を生きる私たち皆が身近に感じているものばかりなのです」(翻訳:野澤朋代)

from ARTnews

あわせて読みたい