写真でおさらい! 第60回ヴェネチア・ビエンナーレの見どころをARTnews JAPAN編集部が現地レポート

第60回ヴェネチア・ビエンナーレが、4月20日に開幕した(11月24日まで)。プレビュー期間の熱気からメインテーマを取り巻く作品展開、国別パビリオンの問題意識、ビエンナーレがもつ機能まで──ARTnews JAPAN編集部が現地で撮影した写真とともに、今回のビエンナーレの見どころを紹介していく。

左)ブラジルのアートコレクティブMAHKUによって装飾が施されたジャルディーニの中央パビリオン。右)もう一つのメイン会場のアルセナーレでは今回のテーマとして引用されたクレア・フォンテーヌ(Claire Fontaine)の作品が展開されている。

業界内外の人々が集う社交の場

世界最大の芸術祭のひとつ、ヴェネチア・ビエンナーレが4月20日に開幕した。ブラジル・サンパウロ美術館(MASP)の芸術監督、アドリアーノ・ペドロサが総合ディレクターを務める今回のビエンナーレのテーマは「Foreigners Everywhere(会場では「どこでも外国人」と表記されていた)」。アウトサイダーや外国人など国境を超えて活動するアーティストへスポットライトを当て、多種多様な作品が展示されている。

開催前の4日間にわたって行われたプレビューは、多くの来場者で賑わっていた。この期間は社交的な機能も強く、アート関係者はもとより、ファッションブランドやラグジュアリーブランドの関係者など業界内外の人々が多数来場。人気パビリオンの入館待ちの行列や、エスプレッソやアペロール片手に多くの人で賑わう会場内の飲食スペースでは、誰もがどの作品がよかったなどビエンナーレの感想を交わしあっていた。

島内の各所では趣向を凝らしたパーティが開催され、日本もギャラリー主催のオープニングパーティだけでなく、オーストラリアやシンガポールとの合同パーティも開催していた。ヴェネチア市内のレストラン、La Caravellaで開催されたオープニングパーティの様子を見ても、ビエンナーレが重要な交流の場であることがわかるだろう。

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左)ダナ・アワルタニ(Dana Awartani) 右)フリーダ・トランツォ=イェーガー(Frieda Toranzo Jaeger)

より多様化するアーティストと作品群

「ジャルディーニ」と「アルセナーレ」のメイン展示で展開されたのは、今回のテーマ「Foreigners Everywhere」に沿った展示の数々だ。多くの展示が、先住民や少数民族、移民、難民、アウトサイダーなどさまざまなバックグラウンドをもつアーティストや題材にフォーカスしていた。「Milk of Dreams」をテーマとする前回のビエンナーレがスポットライトを当てたジェンダーやセクシャリティの論点も踏まえ、より多様なアーティストの作品が紹介されていた。

クラウディア・アラルコン & シレット(Claudia Alarcon & Silät)
サンティアゴ・ヤワルカニ(Santiago Yahuarcani)
スザンヌ・ウェグナー(Susanne Wenger)
ボルダドラス・デ・イスラ・ネグラ(Bordadoras de Isla Negra)
左)ダルトン・パウラ(Dalton Paula)右)サルマン・トール(Salman Toor)
左)ルイス・フラティーノ(Louis Fratino)右)オマール・ミスマル(Omar Mismar)

なかでも目立ったのは、地域の伝統的な技法やその影響を感じさせる表現と、テキスタイルを用いた表現だ。さまざまなアーティストや作品が一堂に会することで、共通点や差異が際立って見えたのもビエンナーレならではのキュレーションの醍醐味だろう。

ビデオアートやインスタレーション作品においては、パフォーマンスや過去の史実に踏み込みながら複雑なナラティブを表現するものが印象的だった。

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左)ガブリエル・ゴリアス(Gabrielle Goliath)右)ブシュラ・ハリリ(Bouchra Khalili)
左)アイザック・チョン・ワイ(Isaac Chong Wai)右)ジョシュア・セラフィン(Joshua Serafin)

国別パビリオンに見る問題意識

ヴェネチア・ビエンナーレの見どころのひとつは、国別につくられたパビリオンだろう。US版ARTnews編集部が「国別パビリオン ベスト10」で1位に選出したドイツ館は、プレビュー時も長蛇の列がつくられており、注目の的となっていた。

州立バーデン・バーデン美術館の館長、チャーラ・イルクによるキュレーションのもとで行われたドイツ館では、エルサン・モンタークやヤエル・バルタナのインスタレーションが披露されたほか、パビリオン外のラ・チェルトーザ島(水上バスは言わないと停まってくれないので要注意)でも、ルイス・シュデ=ソケイらによるサウンド・アート作品が展示されていた。それは、国境を否応なく意識させられる国別パビリオン、そしてビエンナーレそのものの枠組みに対する批判でもあるのかもしれない。

エルサン・モンターク(Ersan Mondtag)
ヤエル・バルタナ(Yael Bartana)
左)ルイス・シュデ=ソケイ(Louis Chude-Sokei)右)ヤン・セント・ワーナー(Jan St. Werner)

また、いくつかのパビリオンではいまなお各地で続いている戦火の影響も色濃く見られた。イスラエル館をめぐっては、ビエンナーレ開始前にアーティストらがその不参加を求める抗議行動を起こし、プレビュー初日の4月16日朝、イスラエル代表アーティストのルース・パティールとキュレーターが、ガザの停戦と人質解放の合意を求めて、パビリオンの扉を開けなかった。

イスラエル館は扉が閉ざされ、軍隊によって警備され、ものものしい雰囲気。

ポーランド館では、ウクライナのコレクティブ「オープン・グループ」が起用され、ロシアの暴力的な侵略を乗り切ったウクライナ人へのインタビューによって構成される作品が展示された。オーストリア館でも、ウクライナ出身のバレエダンサー、オクサナ・セルゲイエワがレッスン用のバーで『白鳥の湖』のリハーサルを行う様子が披露されるなど、戦争や虐殺が続くなかでアートを鑑賞する意味を問う展示は多くの来場者に現代社会が直面する危機を突きつけていた。

左)ポーランド館で展示を行ったウクライナのオープン・グループ(Open Group) 右)オーストリア館、アンナ・イェルモラエヴァ(Anna Jermolaewa)の作品に出演しているオクサナ・セルゲイエワ(Oksana Serheieva)。

ビエンナーレに合わせてプラダ財団が行ったクリストフ・ビュッヘルの展示でもガザやウクライナの問題が扱われるなど、ビエンナーレの外部でもアーティストによる問題提起が行われていることを見逃してはならないだろう。

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オーストラリア館のアーチー・ムーア(Archie Moore)が金獅子賞を受賞した。

問われるアーティストのアティテュード

ビエンナーレに参加しているアーティストがどのようにテーマへ応答したのか考えを巡らせるのも、見どころのひとつだろう。

左)中央には警察に拘束されている間に先住民が死亡したことを報告する炭消しされた文書が積み上げられている。右)壁面には6万5,000世代にさかのぼる家系図を数カ月かけてチョークで手書きした作品。

金獅子賞を受賞したオーストラリア館の代表作家を務めるアーチー・ムーアは、今回のビエンナーレのテーマにも合致した、質の高いインスタレーション空間を生み出していた。参加アーティスト部門の金獅子賞は、ブリジット・レウェティ、エレナ・ベイカー、サラ・ハドソン、そしてテリー・テ・タウの4人のマオリ族の女性アーティストからなるマタアホ・コレクティブが受賞するなど、先住民アーティストが受賞している。

金獅子賞を受賞したマタアホ・コレクティブ(Mataaho Collective)の作品。
銀獅子賞を受賞したカリマ・アシャド(Karimah Ashadu)の作品。
特別賞を受賞したラ・チョラ・ポブレテ(La Chola Poblete)の作品。
左)カナダ館で展示を行ったカプワニ・キワンガ(Kapwani Kiwanga)は、同館初の黒人女性代表アーティスト。 右)アメリカ館で展示を行うジェフリー・ギブソン(Jeffrey Gibson)は、90年を超えるアメリカ館の歴史の中で、先住民のアーティストとして初の単独代表となった。

日本館で行われた毛利悠子の作品も各国メディアから高い評価を得ていた(US版ランキングでは8位に選出)。一見、今回のメインテーマと符号していないように見えるが、韓国のキュレーター、イ・スッキョンを起用し、現地ヴェネチアに滞在して調達されたマテリアルによって構成されたインスタレーションは、ほかのパビリオンとは異なるかたちでメインテーマに呼応し、国別パビリオンへの問題意識も共有したものであると言えそうだ。

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1956年に吉阪隆正が手掛け、2014年に伊東豊雄が改修を行った日本館。今回毛利は同館の床面中央の屋根からピロティにつらなる特徴的な穴にあるガラスを外して、周辺環境を取り込んだ。
毛利悠子の作品に使われるバケツやホースは現地で調達されたもの。

ビエンナーレは国際舞台の“入口”

ビエンナーレは単なる作品展示の場ではなく、各国のアーティストがグローバルなアートシーンへ進出する“入口”の機能を果たしてもいる。US版編集部もヴェネチア・ビエンナーレがもつ「ハロー効果」について、業界関係者へヒアリングを行っている。

今回のビエンナーレと会期を重ねるようにプンタ・デラ・ドガーナで開催されたピエール・ユイグの「liminal」を観ても、ヴェネチア・ビエンナーレという国際的舞台からキャリアを積み上げていく意味を感じさせられた。

振り返ってみれば、ピエール・ユイグがヴェネチア・ビエンナーレで審査員賞を受賞したのは2001年のこと。ヴェネチア・ビエンナーレの存在が、その後の目覚ましい活躍の端緒となったことは間違いないだろう。

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ヴェネチア・ビエンナーレは現在進行系で続いているさまざまな社会問題へ応答する場といえるさらには今回に留まらず、この先も広がっていくアートシーンの動きを肌身に感じられる機会でもあるだろう。作品を鑑賞するのみならず、現地を訪れ、ほかの来場者と交流し現地のムードを味わうことは、現代アートシーンのエコシステムに接続する貴重な機会となるはずだ。

ARTnews JAPANでは、ヴェネチア・ビエンナーレの関連記事を多数公開しているInstagramのストーリーやハイライトなどに動画も残しているので、ぜひ現地を訪れるまえにチェックしてほしい。

Photo: Masaki Yato

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