美術館の「敷居」は下げられるのか。ハーバード美術館、生成AIで来館者獲得に挑む

ハーバード美術館が、18世紀の肖像画を生成AIで動かし、来館者と会話できるコンテンツの試験運用を始めた。美術館を身近に感じてもらい、来館者や会員の増加につなげる狙いがある。

フランソワ・ブーシェの《Pompadour à sa toilette(化粧をするポンパドゥール夫人)》(写真左)と、AIで動画化された絵画(写真右)。Photo: Via Open Call, Harvard Business Review
フランソワ・ブーシェの《Pompadour à sa toilette(化粧をするポンパドゥール夫人)》(写真左)と、AIで動画化された絵画(写真右)。Photo: Via Open Call, Harvard Business Review

マサチューセッツ州ケンブリッジにあるハーバード美術館は、来館者の関心向上と会員数増加を目的としたマーケティングキャンペーンの試験運用を開始した。このキャンペーンでは生成AIを活用し、同館が所蔵する18世紀の絵画をアニメーション化することで、来館者が作品と新たな形で関われる可能性を探っている。

ハーバード美術館のマーケティング・ディレクター、ジョン・コノリーと、ハーバード・ビジネス・スクール(以下HBS)助教のジュリアン・デ・フレイタスは、ポッドキャスト番組「Open Call」に出演し、この取り組みについて語った。同番組はハーバード・ビジネス・レビューが制作し、HBSの最高マーケティング・コミュニケーション責任者、ブライアン・ケニーが司会を担当している。

18世紀の肖像画を「話す」作品に

ケニーは番組内で、デ・フレイタスらによる取り組みを「消費者がAIをどのように認識し、受け入れ、関わっていくのかという疑問と向き合うもの」と紹介した。デ・フレイタスが今年初めに発表したケーススタディのため、研究チームはフランソワ・ブーシェがルイ15世の愛妾を描いた《Pompadour à sa toilette(化粧をするポンパドゥール夫人)》(1750)を基に、肖像画の人物が話すAI動画と、利用者が質問できる対話型AIを制作した。YouTubeで公開された番組では、このアニメーションの一部も紹介されている

番組の冒頭でケニーは、ブーシェの肖像画と生成AIを組み合わせる試みについて、次のような問いを投げかけた。

「これは人々がアートとつながるきっかけとなるのでしょうか。それとも鑑賞の妨げになるのでしょうか。AIは作品の真正性を損なうことなく、アートへの関心を広げられるのでしょうか。そして、作品に何を語らせるかを決めるのは誰なのでしょうか。今回のケーススタディは、単なるマーケティング実験にとどまるものではありません。革新と文化資産の保全、テクノロジーと解釈をめぐる問題であり、歴史に根ざした組織が、急速に変化する未来にどう対応していくのかを問うものなのです」

デ・フレイタスによると、試験運用では参加者をグループに分け、肖像画の人物が話す動画と、質問に答える対話型AIという二つの体験を提示している。キャンペーン自体は一般公開されておらず、現時点では同館のウェブサイトやSNSにも掲載されていない。もっとも、コノリーは番組内で「突然公開されるかもしれませんよ」と冗談めかして語っている。US版ARTnewsは本プロジェクトについてコノリーにコメントを求めたが、返答は得られなかった。

AIに対する懸念への配慮が必要

では、テストの参加者はこのキャンペーンをどう受け止めたのだろうか。コノリーは次のように語っている。

「肯定的な反応もあれば、否定的な意見もありました。否定的な意見の多くは、世間一般のAIに対する見方を反映したもので、私たちにとっても向き合うべき課題です。一方で、今回の試み自体を評価する声や、技術に驚いたという反応もありました。純粋に楽しんでくれた人もいたようです」

デ・フレイタスは、このプロジェクトを通じて得た大きな教訓として、美術館という文脈においては、AIに対する人々の懸念に一定の配慮が必要であることを挙げている。AIの活用が単なるパフォーマンスやコスト削減の手段として受け取られれば、人々の共感を得ることは難しいと指摘し、彼はこう語った。

「他の分野でうまくいったことが、別の領域で同じように機能すると思い込んではいけません。人々は、AIがなければ絶対に実現できない何かを求め、それによって生まれる付加価値を感じたいのです」

さらにデ・フレイタスは、プロジェクトの初期段階で館内から懸念の声が上がったことも明かしている。キュレーターは、作家の意図に忠実な形で作品を伝えることを重視し、修復家は作品を本来の状態で保存することを優先する。そのため、生成AIによって作品を動かし、言葉を語らせることに慎重な姿勢を示したという。美術史家からは、自らの力で作品を分析しそれについて語る力が失われるのではないかという懸念も寄せられた。こうした反応は、AIの導入によって人間の技能が衰えるのではないかという、社会に広がる不安とも重なる。

フランソワ・ブーシェ《Pompadour à sa toilette(化粧をするポンパドゥール夫人)》(1750) Photo: © President and Fellows of Harvard College
フランソワ・ブーシェ《Pompadour à sa toilette(化粧をするポンパドゥール夫人)》(1750) Photo: © President and Fellows of Harvard College

求められるマーケティング手法の変化

デ・フレイタスは、美術館との提携に関心を持った理由を次のように説明する。

「歴史や伝統を保存する組織を研究すれば、こうした疑問について、より幅広い知見を得られるのではないかという直感がありました」

一方、コノリーが関心を寄せていたのは、マーケティングにおけるAIの可能性だった。美術館には、静かで近寄りがたく、誰もが自分も歓迎されていると感じられるわけではないというイメージがある。コノリーは、そうした印象を「押し広げ、覆す」ことを目指したという。「美術館が大切にしているものを損なわずに、人々の関心を引くにはどうすればいいのかに興味がありました」

コノリーは、AIを使ったマーケティングの狙いについて、こう説明する。

「私たちは、AIによってアートを身近に感じてもらうと同時に、意外性のある体験も提供しようとしていました。ジュリアンが言うように、美術館そのものが進化しているのなら、その変化を伝えるマーケティングの手法も変えていく必要があります」

無料化で生れた課題の克服

ハーバード美術館は25万点以上の作品を所蔵している。2014年の改修では、フォッグ美術館、ブッシュ=ライジンガー美術館、アーサー・M・サックラー美術館の3館が一つの施設に集約された。その後、同館は2023年に入館料を無料とした。コノリーによると、この方針は来館のハードルを下げる一方、会員獲得という新たな課題も生んだという。

「美術館には、来館者を増やして収益を上げると同時に、会員基盤を築かなければならないという強いプレッシャーがあります。かつては入館料の免除が会員特典の一つでしたが、現在は誰でも無料で入館できるため、新規会員の獲得が課題となっています。ただし、私たちはこれを乗り越えられる課題として前向きに捉えています」

コノリーは、入館無料化がマーケティングにもたらした別の課題についても説明する。

「美術館を利用しやすくする上で、料金は一つの障壁となります。だからこそ、入館無料化は私たちにとって大きな決断でした。一方、マーケティングの観点では、『無料なら価値も低い』と受け止められかねないという新たな課題が生まれました。そのため、無料であっても決して価値が低いわけではないと、積極的に発信してきました」

デ・フレイタスは、生成AIが作品との心理的な距離を縮める可能性について、こう補足する。

「数世紀前に描かれた、堅苦しく近づきがたいだけの作品ではなくなります。肖像画の人物が訛りのある言葉で私に話しかけ、こちらから質問することもできます。そうすることで、作品をより親しみやすく感じられるようになります。この発想は、より広い意味ではアートの民主化という理念にも結びついています」

コノリーによると、AIを使ったマーケティングは、作品についてもっと知りたいという来館者の意欲を引き出し、再訪につなげる可能性もあるという。最後に、彼はこう締めくくった。

「私は、『芸術には遊び心が必要だ』というオスカー・ワイルドの考えに心から共感しています。アートは多くの真実を伝えますが、同時に遊び心も必要なのです」(翻訳:編集部)

from ARTnews

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