映画の役作り用「宝探し」で思わぬ発見。宮殿の堀から19世紀の騎兵用胸甲が出土

ポーランドの宮殿で、映画の出演者が役作りのため宝探しに挑戦。すると堀の泥の中から、19世紀の騎兵が身に着けていた希少な胸甲の一部が発見された。物語さながらの出来事が注目を集めている。

映画『7年生の悪魔』の出演者と探索チーム。Photo: Facebook/Stowarzyszenie Odkrywców Historii DRACO Żmigród

ポーランド南西部ドルヌィ・シロンスク県にある宮殿の堀から、19世紀の騎兵が身に着けていた希少な胸甲の一部が発見された。HeritageDailyが伝えた。

発見のきっかけは、ポーランドの人気小説『7年生の悪魔(Szatan z siódmej klasy)』の新たな映画化に向け、出演者の役作りの一環として行われた宝探しだった。同作は、「悪魔」と呼ばれるほど頭の切れる少年アダム・チソフスキが、古い屋敷を舞台にした謎を解き、ナポレオン軍の兵士が残した財宝を追う物語だ。

制作会社スカルブ・フィルムのプロデューサー、マリウシュ・プイショによると、企画の目的は、出演者に物語さながらの宝探しを実際に体験してもらうことだった。刑務所の受刑者や警察官を演じる俳優が役柄に関係する環境について学ぶように、ナポレオンの財宝をめぐる作品の出演者にも、ゆかりの地で探索を経験してほしいと考えたという。

若い出演者たちはプロの探索チームとともに、ヴロツワフから約40キロメートル、コストムウォティ近郊にあるピエラスコヴィツェ宮殿を訪れた。この宮殿は、1813年6月4日、ナポレオン率いるフランス軍とロシア・プロイセン連合軍との休戦が合意された場所だ。ナポレオンは後に、この休戦を自身の生涯における最大の過ちのひとつとみなしたと伝えられている。

一行が堀の泥の中を調査していたところ、ジュミグルトを拠点とする歴史探索家協会DRACOのヴィエスワフ・アンドリシャクが、胸甲の一部を発見した。19世紀のフランス軍またはプロイセン軍の胸甲騎兵が使用していたものとみられる。

探索で見つかった19世紀の騎兵用胸甲の一部。Photo: Facebook/Stowarzyszenie Odkrywców Historii DRACO Żmigród
探索の様子。Photo: Facebook/Stowarzyszenie Odkrywców Historii DRACO Żmigród
ピエラスコヴィツェ宮殿。Photo: Facebook/Stowarzyszenie Odkrywców Historii DRACO Żmigród

調査を企画した作家・ジャーナリストで、YouTubeチャンネル「Hi!History」の司会を務めるヨアンナ・ランパルスカは、発見品について「奇跡的に今日まで残った、信じられないほど貴重な発見だ」と語った。

なぜ、このような遺物が堀の中に眠っていたのか。ピエラスコヴィツェ宮殿の歴代所有者は、ナポレオン時代の品々を収集していたという。ところが第2次世界大戦末期の1945年、宮殿はソ連赤軍による大規模な略奪を受けた。現地に伝わる話では、宮殿内の調度品が窓から投げ捨てられ、堀へ落下。深さ約1メートルに及ぶ水混じりの泥の中へ沈んでいったとされる。

終戦直後には、地元住民が堀から貴重なマイセン磁器を回収した。しかし、その後、堀の全域を対象とする本格的な調査は行われてこなかったとみられる。

今回回収されたのは、胸甲の一部だけではない。精巧な彫刻が施された庭園彫刻の破片や、かつて宮殿の扉に取り付けられていた錠前などの金属製建具も見つかった。堀にはそのほかにもナポレオン戦争期にさかのぼる、さらに古い遺物が残されている可能性もある。ランパルスカは、今後も現地で探索を続けたいとしている。

一方、『7年生の悪魔』の出演者たちは、埋もれた歴史を探し出す作業がいかに体力を要するかを身をもって知ることになった。主要人物のひとりを演じるクリス・クゴフスキは、堀の中では泥が足に強くまとわりつき、体が吸い込まれるような感覚だったと振り返っている。映画は2027年にポーランド国内で劇場公開を予定している。

今回見つかった遺物はジェンビツェにあるシレジア・ハウス博物館に寄贈され、同館の展示に加えられる予定だという。

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