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アメリカのアート界が注目する、気鋭の現代アーティスト8人

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、毎年新進アーティストを紹介する人気企画。ここでは2023年に選出された8人のアーティストを紹介する。

トゥイ=ハン・グエン・チー:「女性たちの抵抗と自由」の物語

ン・グエン・チーのインスタレーション《into the earth below, the blue blur of bones》(2022)。Photo: Konstantin Guz, © Thuy-Han Nguyen-Chi

2023年、Art in America誌の「New Talent」のひとりに選ばれた、トゥイ=ハン・グエン・チー。ベルリンとロンドンを拠点に活動するアーティストで、彫刻、インスタレーション、映像、学際的な調査を横断した作品制作を続けている。彼女の作品は、映画制作と映画理論、批評的難民研究とポストコロニアル研究、個人的/象徴的記憶と個人的/集合的歴史の交差点における自由の想像力を探求している。グエン・チーはドイツの名門シュテーデル美術大学で学んだのち(2010-2015年)、シカゴ美術館付属学校で映画を専攻(2017-2019年)。シュテーデル美術大学に入学する前には、ベトナム戦争で枯葉剤にさらされた被害者を支援するスイスのNGOで働いていた。

これまでにミラノ現代音楽センター(ミラノ)、ジーン・シスケル・フィルム・センター(シカゴ)、フランクフルト近代美術館(フランクフルト)、第12回ベルリン・ビエンナーレなどで作品を展示・上映している。

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ツァイ・ユンジュ:中国の伝統文学の世界を抽象画で表現する

ツァイ・ユンジュ《I Often Think about Things in the Bath》(2021) Photo: Courtesy Tara Downs, New York/Illustrated Portrait by Denise Nestor

台湾出身のツァイ・ユンジュは、母国、中国の伝統的な水墨画を起点に、様々な技法に挑戦している。

イギリスの名門大学、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのスレード美術学校を卒業し、現在はロンドンを拠点に活動するツァイは、今年2月、ニューヨークのソーホーにあるタラ・ダウンズ・ギャラリーで、アメリカでの初個展「A Mirror for the Romantic」を開催した。

ツァイの作品では、鮮明なラインと心地良いにじみがカンバス上を自由に動き回り、華やかな色彩の渦を巻き起こす。構図は濃密で、無限の広がりを感じさせる。アメリカアウトサイダー・アートの代表的な作家、ヘンリー・ダーガーに影響を受けており、彼の物語に登場するヴィヴィアン・ガールズや、幾重にも重なるパノラマのような風景を、水墨画で描いた作品も制作している。

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ラウール・デ・ララ:「疲れた道具」シリーズでアメリカの労働を描く

ラウール・デ・ララ《The Wait》(2021) Photo: Courtesy the artist

ラウール・デ・ララは、シャベルやモップなどの道具をぐにゃりと曲げた「疲れた道具」シリーズを制作している。このシリーズは、素朴な道具を疲労困憊した労働者に見立てることで、「ソフト・スカルプチュア」という言葉に新たな概念をもたらした。デ・ララはこれを「見えない労働者の肖像」と呼ぶ。

彼は、幼少時にメキシコからアメリカにやってきた経歴を持っており、作品も移民問題にスポットが当てられている。アメリカに来た当初、彼と家族が得た職は、非正規移民に典型的な飲食業や建設業、造園業などの仕事だった。大卒のホワイトカラーだった両親が肉体労働者になったことで、デ・ララは肉体労働の道具が持つ物質的な特性を否応なく意識させられたという。「疲れた道具」シリーズには、アメリカ社会の周縁にいる移民たちの肉体的、精神的苦難が表現されている。

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クリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェス:西洋的な表現主義とメリトクラシーへの反抗

クリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェス《The Sun Set Twice on the Same Day》(2018)  Photo: Javier Gamboa/Illustrated Portrait by Denise Nestor

クリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェスは、コスタリカ出身のパフォーミングアーティスト。視覚障がいを抱える彼は、メッセージ性のあるダンス作品を制作している。

ヌニュスは、ピナ・バウシュに代表されるドイツ表現主義の流派から学んだことを捨て去ろうとしている。踊ることは苦しむことだと教えられたが、それは西洋的で能力主義的なものだと考えているのだ。ヌニェスの作品のダンサーたちは、踊りの波が高まってきたら、そのエネルギーに身を任せるようにと指示されている。彼はこれを脱植民地的なメソッドだと説明する。

彼の振り付けの特徴は回転とうねりだ。ダンサーたちは互いの周囲を回転しながら動き、彼らの背中は尺取虫のように上下する。視覚に障がいのあるヌニェスは、距離を判断するのが困難だったことから、この「渦のように旋回する」方法を取り入れた。全員が1点を中心に回っていれば、ヌニュスは彼らの位置を推測し、衝突を避けることができる。

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ワン・シュー:彫刻作品に平和な世界への希望を託す

ロサンゼルスのヴィンセント・プライス美術館で開催された展覧会「Garden of Seasons」(2018-19)より。 Photo: Monica Orozco/Courtesy 47 Canal, New York

ワン・シューは、動物の彫像などで知られる彫刻家。北京の中央美術学院で具象彫刻を学んだ後、コロンビア大学で美術学修士号を取得。彼のある作品では、小鳥たちが一列に並んで人懐っこいキリンの首に登る順番を待っている。尖らせた口の上に乗る月が落ちないよう、バランスをとっている魚を描いた作品もある。

コロンビア大学を出てからは中国に戻り、石像の生産地として知られる地域に滞在。歴史ある採石場に廃棄されていた聖書の登場人物の彫刻を回収して顔の部分を彫り直し、もともとそれを制作した中国人労働者の像に作り変える活動などを行っている。

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曹梦雯:アジア系移民でクィアの写真家のストーリーテリング

曹梦雯(ツァオ・メンウェン)の「I Stand Between」シリーズより《Nam》(2017)。Photo: Courtesy Mengwen Cao

写真家でアーティストの曹梦雯(ツァオ・メンウェン)は、クィアであり、アメリカに住む中国人という経験から、社会から疎外された人々の経験を見つめ続けている。

曹梦雯が、両親にカミングアウトしたのは2016年のこと。曹はビデオを作成し、FaceTimeのビデオ通話で両親に見せた。そのときの通話を録音したものが、《Here We Are》という作品になっている。《Here We Are》がセクシュアリティから生じる感情的な距離を取り上げているのに対し、「I Stand Between」シリーズは人種がテーマだ。いずれの場合も、曹は作品中の人物を、静かでありふれた日常の中で捉えることが多い。

曹梦雯は、US版ARTnewsの取材に対して「個人的なことが、実は政治的なことなのだと気づき始めました。うそ偽りのない私的な物語を見せることで、想像もつかないような方法で人々の間に絆が結ばれるのです」と語っている。

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デバシシュ・ガウル:家族アルバムからインドの歴史と変化を掘り起こす

Photo: Courtesy Devashish Gaur

インド・デリーを拠点に活動するデバシシュ・ガウル。写真とナラティブを横断して活動する彼は、写真アーカイブ、家庭性、距離、親密さ、拾得物、家庭の概念、アイデンティティをテーマとする学際的な活動を行っている。インドの緑豊かな自然環境、荒涼としたコンクリート建築、家庭生活を撮影した彼のポートフォリオは、世界で最も混雑した都市のひとつを静かな孤独の場所として描いている。

ガウルはデリーにある自宅の改装中に、家族の写真が入った古い箱を見つけた。その写真を素材に、過去と現在を融合させ、ときに異なる時代の画像を文字通りつなぎ合わせた多層的なシリーズ作品の制作を開始した。

個人の歴史と文化史を組み合わせたこのシリーズは、世代を超えた技術的・政治的変遷を映し出している。ある画像は、スマートフォンのカメラを通して見た古い集合写真。男性たちの顔の周囲には、デバイスが彼らの顔を認識しようとしていることを示す小さな黄色い枠がある。この枠は、自分の出自をたどろうとするガウルの取り組みとの類似を思わせると同時に、ガウルの故郷であるデリーが監視社会の様相を強めている現状をも暗示している。1平方マイル(約2.6平方キロ)あたりの監視カメラが2000台近くあるデリーは、「世界で最も監視された都市」と言われてれている。

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米軍のゴミを「アート」に変えて送り返す──アジズ・ハザラが捉えたアフガニスタンの現実

アジズ・ハザラ《Bow Echo in the making》(2019)。Photo: Courtesy Aziz Hazara

アジス・ハザラは、大国の侵攻や内戦が何十年も続くアフガニスタンの現実を捉え、政治的メッセージを込めた写真・ビデオ作品を制作している。

アフガニスタンの中央高地にあるヴァルダク州に生まれ、現在はカブールとベルリンを行き来しながら活動するアジズ・ハザラは、写真とビデオを中心に緻密で奥深い作品を発表している。パフォーマンス、インスタレーション、短編映画、写真と、多岐にわたるメディアを駆使して生み出される作品は、長きにわたり繰り返されてきた軍事占領、宗派間紛争、経済制裁によって、アフガニスタン社会における伝統的なアイデンティティや人間関係がいかに激しく破壊され、再構築されてきたかを物語る。

ハザラは、国境を超えて血が流れ出すようなアフガニスタンの歴史をリサーチし、日常的な事物が武器に変質していく様を捉えている。そして、紛争に巻き込まれた犠牲者を追悼するために、また、暴力の常態化にひるまず対抗する試みとして、その事例をカタログのように記録する。

《Monument》(2019)は、アフガニスタンと国境を接するイランのホラーサーン州で、イスラム国メンバーの自爆テロにより死亡した48人の学生の集団墓地と慰霊碑を撮影した2チャンネルのビデオ作品だ。一方のスクリーンには、旗とポスターで示された爆撃現場が遠くに見える。もう一方のスクリーンは、犠牲者の写真を集めたポスターをクローズアップにし、それぞれの生年月日を「彼ら・彼女らは何の罪で殺されたのか?」という言葉とともに映し出す。

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