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スキャンダルまみれの2023年のアート業界を25の重要ニュースから振り返る

アート界にとって2023年は、一体どんな年だったのだろうか。今年、ARTnewsが報じた膨大な記事の中から、2023年を象徴する25の出来事で振り返ろう。

Photo: Illustration: Kat Brown/ARTnews

2023年のアート界を一言で表すとしたら、それは「スキャンダル」だろう。特に大きな打撃を受けたのは美術館や博物館だ。大英博物館が直面することになった複数の危機、スミソニアン国立自然史博物館やアメリカ自然史博物館を巻き込んだ人骨の展示に関する問題のほか、世界各国で不正に取得された古代遺物を元あった国に返還する事例が相次いだ。

建築家のデイヴィッド・アジャイ、アートアドバイザーのリサ・シフ、アーティストの草間彌生が苦しい立場に追い込まれ、10月7日に起きたイスラム組織ハマスによる襲撃事件と、その結果引き起こされたイスラエルによるガザへの攻撃はアート界を揺るがせ続けている。

コロナ禍の中で市場が活況を呈した時期には、大型新人アーティストのデビュー、投機的なアート投資、新しいアートギャラリーのオープンが引きも切らなかったが、2023年はそのような好景気が終焉を迎えた年でもあった。5月と11月のオークションシーズンは、ひいき目に見ても平凡な結果にとどまり、アートフェアの開催はコロナ禍前と同じペースに戻ったものの、従来のような楽観的ムードは感じられなかった。

今や世界が不確実性に覆われ、「市場の調整」という婉曲的な表現が業界中でささやかれている。そんな中、アート界の大物たちは一様に、「こんな1年が終わってホッとする」と感じているようだ。

以下、2023年のアート界を象徴する出来事を振り返る。

25. ポンピドゥー・センターが1年半後に休館へ

ポンピドゥー・センターの特徴的な外観。Photo: Planet One Images/Universal Images Group via Getty Images

パリのポンピドゥー・センターの工事休館が1年半後に迫っている。同館は、2億6200万ユーロ(直近の為替レートで約414億円、以下同)を投じての改修を行うため、2025年夏から5年間閉鎖される予定。近現代アートではフランス随一の美術館であるポンピドゥー・センターは、リチャード・ロジャースとレンゾ・ピアノの設計による建築そのものも有名だが、1970年代に建設されて以来50年の月日を経て老朽化が進んでいるため、維持のための大規模工事が必要とされる。

改修工事では、これまで別館にあったモダニズムの彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシのアトリエを本館に移す。また、コレクション全体の展示方法を刷新し、リアルとデジタル両面でより充実した鑑賞体験の提供を目指すほか、図書館もリニューアルされる。

閉鎖に先立ち、ポンピドゥー・センターでは、注目すべき展覧会がいくつか計画されている。2024年には過去最大とうたわれるブランクーシ展やシュルレアリスム100周年記念展が、2025年には1950年〜1990年の間にパリで制作されたブラックアートの大規模展が開催される。

その一方で、ポンピドゥー・センターは積極的な世界展開に取り組んでおり、2025年にブリュッセル、2026年にはアメリカのジャージーシティにグローバル・サテライトとなる分館の開設を計画。さらに、ソウル分館の設立や、サウジアラビア・アルウラでの美術館建設への協力計画のほか、ブラジル・パラナへの進出に向けても働きかけを進めている。(担当:Francesca Aton)

24. ミケランジェロのダビデ像をめぐりフロリダ州の学校で大論争

ミケランジェロのダビデ像。Photo: Roberto Serra - Iguana Press/Getty Images

西洋美術史上、最も有名な人物像の1つであるダビデ像。500年以上前に制作されたこの像が今年巻き起こしたニュースは、世界中の人々を驚かせ、当惑させた。今年3月、フロリダ州にあるタラハシー・クラシカル・スクールのホープ・カラスキージャ校長が、ルネサンス美術の授業内容が6年生の児童にふさわしくないとする保護者からの苦情を受けて辞職。きっかけとなったのは、ある親が「ポルノ的」だとするダビデ像の画像が使われたことだった。校長の退任をめぐる状況が不透明だったことや(当初は解雇と報道された)、ダビデ像がわいせつかどうかという問題でメディアは騒然となり、さらには学校の措置が検閲にあたるかどうかをめぐって、美術館関係者、美術史家、政治家などの間に議論が巻き起こった。

なお、カラスキージャ元校長はハフィントン・ポストの取材に対し、古典美術作品の授業については事前に保護者に通知するのが通常の手順だが、「伝達ミスが重なったこと」によって、事前通知なしで写真が授業で使われたと説明している。

フロリダ州の教育省は、この像の「芸術的」および「歴史的」な「価値」について異例の声明を発表し、古典芸術について思慮深い態度をとるよう呼びかけた。タラハシー・クラシカル・スクールは、アメリカで1990年代から増えてきたチャーター・スクール(*1)で、フロリダの初等教育で一般的な「古典的教育カリキュラムモデル」に従っている。それは、「核となる美徳」への回帰と「西洋の伝統の中心性」といった価値観を強調するものだ。一方、同校に批判的な人々は、アメリカ南部で繰り広げられている「年齢にふさわしい」教育とは何かをめぐる論争や、チャーター・スクールのあり方をめぐる論争において、校長辞任の一件がこうした価値観を支持する側にとって大きなマイナスになるものと位置づけている。


*1 保護者・教員・地域団体などが州や地域の教育行政機関から認可(チャーター)を受けて設置し、公費で運営される公設民営型の学校。教育関連法規の多くが免除されるため、独自の教育が可能。

さらには、ダビデ像自身がこの騒動に対して発言する一幕もあった。ミケランジェロの名作に扮した俳優がサタデーナイトライブに出演し、こう言い放ったのだ。

「堅物の親たちめ。僕は世界で最も偉大な彫刻で、それにこんなに美少年だ」(担当:Tessa Solomon)

23. ハンク・ウィリス・トーマス作のキング牧師夫妻像に侮辱的なコメントが殺到

ハンク・ウィリス・トーマス(中央後方)の出席のもと除幕式が行われたモニュメント《The Embrace》。Photo: Boston Globe via Getty Images

公民権運動の指導者、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師)と妻のコレッタ・スコット・キングを称えるモニュメントの除幕式が、1月にボストンで行われた。《The Embrace》(抱擁)と題されたモニュメントは、作者のハンク・ウィリス・トーマスにとって輝かしい業績となるはずだったが、事態は思いがけない方向に展開。公開直後から、特定のアングルから撮影した写真が拡散し、この作品が性行為を表現しているとしてSNS上で揶揄され、嘲笑を浴びることになったのだ。

絡み合う2人の腕だけを表現したこの彫刻は、顔の表情や伝統的な人物描写がないという点で従来のモニュメントとは一線を画すものだ。作品を見る人に、どれが誰の腕なのかを見分けるよう問いかけているようでもある。作品を嘲笑する投稿がSNSをにぎわす一方で、擁護派はこの彫刻の詩的な表現を称賛。キング牧師夫妻の長男にあたるマーティン・ルーサー・キング3世は、《The Embrace》は調和を象徴し、地域社会を団結させる力のあるモニュメントだと主張した。

SNSで侮辱的な投稿が続く中、作者のトーマスはこの作品の意義を強調しつつ、パブリックアートがこうした反応を引き起こしがちであることも指摘。そのうえで、キング牧師夫妻の彫刻はボストン市民の努力の象徴であり、キング牧師の不朽のメッセージである「汝の敵を愛せよ」を体現したものだと語っている。(担当:Daniel Cassady)

22. テート・ブリテンが常設展示を大幅リニューアル

リニューアル後のテート・ブリテン。Photo: Madeleine Buddo/©TATE

近年、世界各地の美術館で常設展示の全面的な入れ替えが盛んに行われるようになっている。そのせいもあって、今年初めにロンドンテート・ブリテンが10年ぶりにギャラリーの展示替えを行うと発表したときも、特に注目されることはなかった。ただし、展示替えの趣旨については歓迎の声も上がった。女性アーティストや大西洋横断奴隷貿易に光を当てるような展示に変更されたからだ。そのことについてテート・ブリテン館長のアレックス・ファークハーソンは、「より真実に忠実な歴史を提示する」試みだと説明している。

一方で批判的な意見も少なくない。リベラルな文化人たちからの多様化を求める圧力に屈したために、かえって悪い結果を招いたというのがその主張だ。中でも、英ガーディアン紙に寄稿した美術評論家のジョナサン・ジョーンズは、新しい展示内容は「軽薄で、横柄で、上から目線だ」と手厳しい。今回の展示替えは、美術館がどこまで美術史を書き換えることができるのか、その限界に挑む試みだったと言えるかもしれない。新しい展示を歓迎するタイムズ紙のローラ・フリーマンは、「ウォーク(*2)であってもウォークでなくても非難される。すべての人を常に喜ばせることはできないが、一部の人を喜ばせるわけにもいかない」と評している。


*2 社会の不正や問題についての意識が高い人を揶揄して使われる言葉。

(担当:Alex Greenberger)

21. アートとファッションの蜜月関係がさらに深化

パリ・ファッションウィーク中に開催されたロエベのショー。Photo: White/Getty Images

アートとファッションには、長年にわたる密接な関係がある。しかし、今年はとりわけ多くのファッションデザイナーが、これまでにないペースでアーティストとのコラボレーションを行った。

3月には、スペインの高級ブランド、ロエベのアーティスティック・ディレクターを務めるジョナサン・アンダーソンが、パリで行われた2023-24年秋冬コレクションのショーでイタリア人アーティストのララ・ファヴァレットとコラボ。これはコレクションのコンセプトを表現するためのパートナーシップで、ファヴァレットが紙吹雪を圧縮して制作した立方体の彫刻が会場にいくつも置かれていた。その彫刻は、モデルがランウェイを歩く間にだんだん崩れていくという演出で、現代のファッションが極端にはかないものになっているというアンダーソンのメッセージを印象づけた。ロエベと同じ週には、やはりスペインのブランド、パコ・ラバンヌが、ブランド創始者のラバンヌにオマージュを捧げるショーを開いた。ラバンヌが1960年代にシュルレアリスムのアーティスト、サルバドール・ダリとコラボしたのにちなんで、モデルたちはダリの作品に登場する浮遊するバラや人気のない砂漠、ルビーとダイヤモンドで作られた心臓といった風変わりなモチーフをあしらった服を着て登場した。

9月のニューヨーク・ファッションウィークでは、若手デザイナーがアートや歴史からインスピレーションを受けていることが感じられた。ドーフィネットやパペッツ・アンド・パペッツなど、ダウンタウンで支持を集めている新しいファッションブランドはシュルレアリスムや中世美術をゆるやかに取り入れ、プロエンザ・スクーラーやケイトといった有名ブランドは、ビジネスとカルチャーが交差するような会場でコレクションを発表した。ロックフェラー・センターで開催されたエクハウスラッタのショーでは、アールデコ調のエスカレーターがランウェイとして使われ、アリア・ディーンやスーザン・チャンチオロなどのアーティストたちがモデルとして出演。エスカレーターを昇りながら悪天候に対応した機能性素材の服を披露した。また、ホイットニー美術館では、キャロライナヘレラがバレエコア(*3)に注力したショーを見せたが、同ブランドのクリエイティブ・ディレクター、ウェス・ゴードンによると、レンゾ・ピアノが設計した同美術館の建物に見られる洗練されたラインを活かした演出を考えたという。


*3 バレエのチュチュやシューズ、レッグウォーマーなど取り入れた、ロマンチックさとカジュアルさが融合したファッション。

ファッションとアートの関係について、歴史家たちはさらに議論の幅を広げようとしている。ファッション史家のユージニア・パウリチェッリはUS版ARTnewsの取材に対し、この1年というもの、特にクチュール・メゾンを中心としたアーティスティック・ディレクターたちは、不安定な時代に対応し、「混沌を見つめる方法」を模索していると答えている。(担当:Angelica Villa)

20. ブルックリン美術館の労働組合が協約を締結

ブルックリン美術館のイベント時にピケを張る組合員と支援者たち。Photo: Tessa Solomon/ARTnews

11月、ニューヨークのブルックリン美術館の労働組合が美術館と3年半の協約を結び、2022年1月から続いていた労使交渉に終止符を打った。2年近い交渉期間中、組合とその支持者たちは、ティエリー・ミュグレーVIPガラやアーティスト・ボールといった同美術館の有名イベントでピケを張るなどの行動に出ていた。争議の原因は、医療手当、雇用保障、賃金に関する要求への対応が、2020年以来、美術館側で滞っていたことにある。

締結された協約では、期間中に23%の賃上げが保証され、最低賃金が引き上げられ、毎年の昇給も約束されている。また、医療保険料が減額され、週20時間勤務のパートタイムスタッフにも保険が適用されることになったほか、職業訓練のために5万ドル(約720万円)の資金が投入されることが決まった。今回のローカル2110UAWスタッフユニオンと美術館経営側との合意では、労働運動の持つ力が示されたと言えるだろう。このことは、全米の美術館に長期的な影響を与えると見られる。(担当:Francesca Aton)

19. AI生成画像が写真コンテストで優秀賞に。作者は受賞を辞退

ボリス・エルダグセン《The Electrician》 Photo: Courtesy the artist

2023年は、人工知能(AI)、中でも画像生成AIがアート界を席巻した年だった。多くのアーティストたちが、AIが視覚文化の未来をどう変えるかという問題に頭を悩ませている中、ボリス・エルダグセンが《The Electrician》という作品でソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワードの受賞者に選ばれたのは、現在の不条理な状況を示す最も顕著な例と言えるだろう。賞の発表直後、エルダグセンは、2人の女性が写っている古い写真のように見える自分の作品が、写真ではなく、生成AIによる画像であることを明らかにした。

エルダグセンが出した声明には、悔恨に満ちた言葉が並んでいた。

「AI生成画像と写真は、このようなコンテストで競い合うべきではありません。両者は異なる存在です。AIは写真ではありません。したがって、私はこの賞を受け取りません。写真の世界で活動する私たちは今、何を写真とみなし何を写真とみなさないかについて、オープンな議論を必要としています。写真という傘は、AI画像を招き入れるのに十分な大きさなのでしょうか、それともそうではないのでしょうか」

画像生成AIはまだ開発の初期段階にある。このコンテストに限らず、写真を対象とした賞の審査委員が、本物の写真とそうでない写真を見極めなければならないという事態は、これが最後になるとは思えない。(担当:Harrison Jacobs)

18. 著作権侵害で提訴された大英博物館が詩人と和解

大英博物館の「China’s hidden century」展に展示された清王朝の地図。Photo: James Manning/PA

大英博物館は知名度にかけても、資金の潤沢さにかけても世界有数の公的博物館だ。それにもかかわらず、中国系カナダ人の詩人・翻訳家のワン・イーリンが中国語から英語に翻訳した詩の英文を、使用許可も取らず、報酬も支払わず、翻訳者名をクレジットすることもなく、中国の歴史をテーマとした「China’s hidden century」展の数カ所で使用していた。この大規模展は、「14カ国から100人以上の学者」が参加し、4年間にわたって行われた研究プロジェクトの成果を発表するもので、政府から91万7000ポンド(約1億3000万円)を超える助成金を得ていた。

知らないうちに自分の翻訳文が使用されていたことに気づいたワンが、弁護士を雇い、イギリスの知的財産企業裁判所に申し立てを行うのに十分な資金を調達した後になってようやく、大英博物館はワンとの和解交渉に応じている。注目すべきは、同博物館が「臨時展示、特に翻訳に関する内部プロセスを見直す」と表明したことだ。大英博物館はまた、翻訳の著作権処理の規定が存在しなかったことを認める声明を発表した。大英博物館は、所蔵するパルテノン神殿彫刻の返還要請を受け入れず、所有権を強く主張しているが、今回の事件によって、博物館としての運営方針や手続きに深刻な不備があり、明らかなミスが起こりうることが露呈した。(担当:Karen K. Ho)

17. 評価額72億円のディエゴ・リベラの壁画を有する美大が財政難で閉校

ディエゴ・リベラ《The Making of a Fresco Showing the Building of a City》(1931) Photo: Courtesy Cushman & Wakefield

サンフランシスコ・アート・インスティテュート(SFAI)は、ケヒンデ・ワイリー、リチャード・ディーベンコーン、アニー・リーボヴィッツらの母校であり、アメリカでも有数の歴史と名声を誇る美術学校だ。しかし、今年はSFAIにとって大変な1年で、4月に破産宣告を受けたのち、同校は資産を清算して数億ドル相当の負債を返済するよう求められた。債権者の中には、コロナ禍に解雇したために追加の離職手当を支払わなければならない元教員たちが大勢含まれている。

2022年、SFAIはサンフランシスコ大学との合併に向けて協議中であることを発表したが、交渉は成立せず、2022年7月に最後の卒業式を行って閉校した。そして、4月の破産発表から数カ月経った頃、ある投資家グループがSFAIのロシアンヒル・キャンパス買収の提案を行っていることをサンフランシスコ・クロニクル紙が報じた。このキャンパスには、5000万ドル(約72億円)の価値があると推定されるディエゴ・リベラの幅23メートルの壁画《The Making of a Fresco Showing the Building of a City》(1931)がある。

故スティーブ・ジョブスの妻、ローレン・パウエル・ジョブズを中心とする投資家グループは、ロシアンヒル・キャンパスに新しい学校を開校するための準備を進めていると伝えられる。売却が成立すれば、SFAIは思い出以外、ほとんど痕跡を残さないことになるかもしれない。(担当:Harrison Jacobs)

16. ハンナ・ギャズビーが企画したピカソ展「パブロ問題」が大炎上

ブルックリン美術館の企画展「It’s Pablo-matic: Picasso According to Hannah Gadsby」の入り口(2023年撮影)。Photo: Courtesy Brooklyn Museum

ニューヨークの美術館で開かれる大規模な展覧会について、評論家が批判的な意見をあからさまに主張することはほとんどない。しかし、ブルックリン美術館の「It’s Pablo-matic: Picasso According to Hannah Gadsby(パブロ問題:ハンナ・ギャズビーが見たピカソ)」(*4)と題された展覧会は激しい非難の渦に巻き込まれ、キュレーターたちがSNS上の中傷に応酬する事態になった。キュレーターの1人、リサ・スモールは、共同企画者のコメディアン、ハンナ・ギャズビーと、ブルックリン美術館のキュレーター仲間であるキャサリン・モリスと3人でのセルフィーをインスタグラムに投稿。「『It's Pablo-Matic』は(男性)美術評論家の癇に障ったのだろう」とコメントしている。


*4 「Pablo-matic」は、パブロという名前と英語の「problematic(問題のある)」を組み合わせた造語。

そんな「(男性)美術評論家」の1人が筆者だ。ニューヨーク・タイムズ紙のジェイソン・ファラゴも同意見で、展覧会について「野心はGIFレベルだが、おそらくそこがポイントなのだろう」と書いている。ファラゴが揶揄しているのは、ピカソの女性蔑視を強調するためにギャズビーが施したコメディタッチの演出の浮薄さだ。展覧会では、ミカリーン・トーマスやダラ・バーンバウムといったフェミニストの作品とピカソの作品を並べて展示していたが、そうした並置は洞察力に欠け、短絡的すぎるという点でファラゴと私は意見が一致している。

展覧会はSNSで大炎上したものの、逆にそれが功を奏して実際に展覧会を見ようという人々がブルックリン美術館に多数詰めかけることになった。この展覧会のようなポピュリズム(大衆迎合)の試みが、必ずしも正しい理由によるものではないにせよ、多くの人を美術館に呼び寄せる方法になりうることを浮き彫りにしたと言えるだろう。(担当:Alex Greenberger)

15. 上海・龍美術館が大量の美術品をオークションに出品。残念な結果に

サザビーズで行われた龍美術館の所蔵品オークションに出品されたモディリアーニの《Paulette Jourdain》(1919)。Photo: Courtesy, Sotheby's

8月にサザビーズが、中国の資産家である劉益謙(リウ・イーチェン)と妻の王薇(ワン・ウェイ)が所蔵する美術品のオークションを開催すると発表したとき、アート関係者の多くが衝撃を受けた。それは、夫妻が上海で運営する私設美術館、龍美術館の所蔵品からかなりの部分を売却する計画であることを意味するからだ。業界関係者は、同コレクションが出品される10月のオークションに注目した。その結果が、アート市場や11月の大きなイブニングセールの動向を占う上で重要な指標になると見られたのだ。

ふたを開けてみると、香港のサザビーズで行われたオークションでの落札価格の合計は、1億6800万ドル(約242億円)を少し超える程度だった。現代中国書画の巨匠、張大千の作品が7500万ドル(約108億円)という落札価格の記録を打ち立てた一方で、注目を集めていた新しい世代の作家の作品は低調に終わった。このオークションが振るわなかったことで、アート業界ではコレクターの購買欲が低下しているとの懸念が増したが、翌月のオークションがそれを裏付ける形になった。11月に龍美術館は、数年前に華々しく取得したばかりのケリー・ジェームズ・マーシャルセシリー・ブラウンの作品を出品したが、落札価格は事前の予想額を下回った。(担当:Angelica Villa)

14. 大英博物館はBPと本当に縁を切れるのか?

大英博物館で、BPのロゴを模した「Drop BP(BPと決別せよ)」と書かれた巨大バナーの周囲に立つ活動家たち(2022年4月23日撮影)。Photo: Hollie Adams/Getty Images

ガーディアン紙は6月、大英博物館が原油、天然ガス、石油製品の売買と輸出入を行う企業、BPとの27年にわたるパートナーシップを解消すると報じた。大英博物館とBPの提携解消は長年論争の種となっていたが、環境保護を訴える活動家たちは、それまでの主張が受け入れられた形になった。またこの動きは、世界中の博物館・美術館が化石燃料の巨大企業との関係見直しを進める大きな流れを反映したものでもある。

過去にはテートやナショナル・ポートレート・ギャラリーのスポンサーでもあったBPは、これでイギリスの美術館・博物館から完全に撤退することが決定的となった。テートとは2016年に26年間続いた関係を打ち切っており、今回の決定にもこれが影響していると思われる。

大英博物館に対しては、BPとの直近5年間の契約が今年2月で期限切れとなるのを前に、研究者や博物館スタッフなど多くの人々から提携を打ち切るよう求める声が出ていた。ガーディアン紙の報道によると、大英博物館とBPの関係は全て断ち切られたことが確認されている。

パートナーシップの一部の条項にある「サポーター特典」は年末まで続くが、それがどのような性質のものか明確に規定されておらず、博物館の取り組みとは完全に切り離されている。

しかし12月下旬、大英博物館は6月の報道を覆す発表を行い、大きな物議を醸している。なんとBPと新たに10年間で5000万ポンド(約90億円)のスポンサーシップ契約を交わすというのだ。(担当:Daniel Cassady)

13. 大英博物館の古代ギリシャ彫刻が故郷へ返還

ロンドンの大英博物館に展示される、古代ギリシャのパルテノン神殿彫刻の破片。2022年8月24日撮影。Photo : Photo Mike Kemp/In Pictures via Getty Images

2023年1月、現在、大英博物館に所蔵されているパルテノン神殿の大理石の帰属をめぐり何世紀にもわたって議論されてきたイギリスとその起源であるギリシャの間で、必ずしも有望とは言えないが明らかな進展があった。この大理石は、スコットランドの貴族エルギン卿によってアテネのアクロポリスから剥奪された後、1832年から大英博物館が所蔵していたが、同館は彫刻の一部を持ち回りで返還する貸与契約の可能性について、ギリシャ側の代表と数カ月にわたって秘密裏に議論を交わしていたことが明らかになったのだ。

しかしそのわずか数日後、ギリシャ文化省は、イギリス側の提案に対する合意の可能性を否定する声明を発表。その中でギリシャ文化省は、「我々は、大英博物館の管轄権、所有権、彫刻の所有権を認めないという我が国の確固たる立場を、今一度ここで明確にする」と述べている。

植民地時代に略奪された美術品の所有権をめぐっては、今、世界中で、元の国への返還への圧力が高まっており、ニューヨークのメトロポリタン美術館をはじめ多くの一流文化機関は、それに応えるかたちで文化遺産の返還を進めつつある。しかしイギリス政府はこうした議論の中でも一貫して大英博物館のギリシャの大理石に関する決定権は同館にあるという姿勢を崩すことはなかった。1963年に制定された大英博物館法に基づき、博物館の管理委員会は政府の承認なしにコレクションを売却することはできないことになっている。

こうして2023年の経過とともに大英博物館とギリシャ文化省の間の対立はさらに深まっていった。イギリス政府は今年5月、1983年に行われたギリシャ文化相(当時)の大英博物館訪問を受け、イギリス外務省がギリシャの返還要求に同情的であったことを明らかにする報告書を機密扱いから解除した。当時の外務省・文化関係責任者であったジョン・マクレーはこの文書の中で、「この問題は今後しばらくの間、われわれにつきまとうだろう。しかし、可能な限り封じ込めなければならない」と語っている。

そして5カ月後の10月、ギリシャ政府は正式に、パルテノン神殿の大理石の返還を大英博物館に請求した。

これを受けてイギリスで11月、この問題に特化した諮問委員会が発足し、その議長に保守党の前文化相が就任すると、再び緊張が高まった。ギリシャとイギリスの関係深化のため訪英中だったミトタキス首相に対し、イギリスのリシ・スナック首相は係争中の彫刻をめぐって「(ミトタキス首相)は大見得を切っている」と公に非難。予定されていたミツタキス首相との会談を開始数時間前に中止したのだ。実はミトタキス首相は会談の数日前にイギリスのテレビ番組に出演し、パルテノン神殿から大理石を持ち出すことは、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナリザ》を真っ二つにすることと同じだと語っていた。スナック首相によると、ミトタキス首相が訪英中に大理石について公にコメントしないという約束を反故にしたため、会談を中止したという。一方のミツタキス首相は、そのような約束はしていないと否定し、「会談がキャンセルされたことで、パルテノン神殿の彫刻の再統一を求めるギリシャの公正な要求が、より広く知られるようになったという良い面もあった」と語った。(担当:Tessa Solomon)

12. 著名アートアドバイザーは大詐欺師だった

訴訟を起こされているアートアドバイザー、リサ・シフ。Photo: Sylvain Gaboury/Patrick McMullan via Getty Images

アート市場の上層部に深いコネクションを持つアートアドバイザー、リサ・シフが5月、コレクターやギャラリーから複数の訴訟を起こされた。中でもキャンディス・バラシュとリチャード・グロスマンによる訴えは、シフが総額数百万ドル相当の美術品の販売で詐欺を働いたというもの。この訴訟とその余波は、アート界にまことしやかに浸透している商習慣の闇を暴くものとなった。

これら訴訟を受けて、シフは自身の会社SFAアドバイザリーの破産を申請。10月、ニューヨークの判事はシフの膨大なコレクションから厳選された美術品と書籍の売却を承認したが、彼女が所有する900点近い美術品の中には、謎に包まれれた100点以上が存在していると言われる。

法廷闘争が続くなか、ニューヨークのアート・エリートたちの間には、作品の所有権と返還を求める声がこだましている。ピックはシフに代わり、グラッドストーン・ギャラリーから購入した65万ドル(現在の為替で9200万円)のワンゲチ・ムトゥの彫刻を含め、シフが将来作品を購入する際に支払った手付金の返還をギャラリーに求めている。一方、バラシュとグロスマンの代理人を務めるウェンディ・リンドストロムは、シフに損害賠償を請求したコレクターに作品を返却しようとするピックの試みを止めるよう裁判所に求めている。アート業界が注目するこの大混乱の結末は、2024年に持ち越されることとなる。(担当:Daniel Cassady)

11. 草間彌生が過去の人種差別的発言を謝罪

過去の差別的な発言について謝罪した草間彌生。Photo : Photo Toshifumi Kitamura/AFP via Getty Images

草間彌生が世界で最も成功している存命の女性アーティストであることは間違いない。2023年、彼女はルイ・ヴィトンと2度目となるコラボレーションを実現し、複数の都市で大規模な回顧展が開催された。アートフェアやオークションでは彼女の作品が7桁の価格で取引され、女性アーティストによる作品の最高額を塗り替えるなどした。そんな彼女がサンフランシスコ近代美術館での展覧会開催に先立ち、2003年に発表した自伝での人種差別的発言をついに謝罪した。

ジャーナリストのデクスター・トーマスは、2017年の『Vice』と今年初めの『Hyperallergic』の特集で、草間がこの自伝を含むいくつかの著作で黒人を侮蔑的、攻撃的な言葉で表現したことについて言及していたが、だからといって美術館や主要なギャラリーが、草間の「インフィニティ・ミラー・ルーム」やカラフルな彫刻、ドットを多用した作品をはじめとする人気作品を紹介する展示をキャンセルするはずもない。

長い間待たれていた草間による謝罪は、別のイシューについての真剣な対話を促すこととなった。そのイシューとは、これまで出された草間彌生に関する多くの議論、出版物、展覧会から、彼女の侮蔑的、人種差別的な発言が意図的に抹消されていたことだ。わたしたちアート業界に生きる者は、こうした指摘がアート業界内部からではなく、外の人間からなされたことについても、深く考える必要があるだろう。(担当:Karen K. Ho)

10. 2024年ヴェネチア・ビエンナーレの各国代表が続々決定

2024年のヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館代表アーティストに選ばれたジェフリー・ギブソン。Photo : Brian Barlow

昨年のヴェネチア・ビエンナーレは、女性初(アルバニア:ルムトゥリ・ブロシュミ、ハンガリー:ゾフィア・ケレシュテス)、黒人女性初(イギリス:ソニア・ボイス、アメリカ:シモーヌ・リー)、アルジェリア系アーティスト初(フランス:ジネブ・セディラ)、太平洋系アーティスト初(ニュージーランド:木原由紀)、ロマ系アーティスト初(ニュージーランド:マウォルザタ・ミルゴルザタ)など、多くの「初」で彩られていた。 そしてパビリオンの改名(北欧からサーメへ、3人の先住民アーティスト、パウリナ・フェオドロフ、マーレット・アン・サラ、アンダース・スンナの名前)。 

そして2024年のヴェネチア・ビエンナーレのアメリカ館代表アーティストにジェフリー・ギブソンが選出されたことは、パビリオン全体における「初」となる。なぜならギブソンは、ヴェネチア・ビエンナーレ史上、国別パビリオンを代表する初の先住民アーティストだからだ(注:ホピ族の画家フレッド・カボティは、1986年にパビリオンが単独のアーティストの展示に特化される以前の1932年に、このパビリオンでグループ展に参加している)。ニューヨーク州ハドソンを拠点に活動するギブソンは、ミシシッピ・バンド・オブ・チョクトーインディアンのメンバーであり、チェロキー族の血を引いている。彼は2019年にマッカーサー "天才 "フェローシップを受賞し、今年初めに『An Indigenous Present』と題した作品集を出版している。

このパビリオンは、2022年に彼の大規模な巡回調査がデビューしたニューメキシコ州のSITEサンタフェのディレクター、ルイス・グラチョスの依頼によるもので、アビゲイル・ウィノグラードとキャスリーン・アッシュ=ミルビーの2人のキュレーターが担当する。(担当:Maximilíano Durón)

9. フェルメールの大規模展に約65万人が訪れる

2023年2月9日、アムステルダムのライクス美術館で開催されたヨハネス・フェルメール展の初日に、絵画に見入る来場者たち。Photo: Koen Van Weel/ANP/AFP via Getty Images

過去何十年にもわたって世界の美術館は、数年に一度、大観衆を集める展覧会を開催してきた。しかし、アートフェアのような大規模イベントが2021年末に復活したのに対し、新型コロナウィルスのパンデミックによる影響は美術館に残り、そうした大規模展の開催を断念せざるを得ない状況が続いた。

しかし2023年になってその状況は大きく改善し、オランダ・ライクス美術館は、17世紀オランダの巨匠ヨハネス・フェルメールの画業を包括的に紹介する大規模展をついに開催。この展覧会では、37点しかないとされるフェルメールの絵画のうち28点が一堂に会し、その中にはオランダで初公開となる作品も含まれた。美術館は、展覧会が開催される数カ月前に、これら3点の作品の鑑定を行ったほどだ。史上最大のフェルメール展と銘打たれたこの展覧会は、2月の開幕から数日でチケットが完売し、美術館は追加チケットを発売したが、あまりの需要にオンライン・チケット・ポータルを閉鎖せざるを得なかった。16週間の会期中、113カ国から約65万人(半数以上がオランダ人)がアムステルダムを訪れた。(担当:Maximilíano Durón)

8. フリーズが2つの有名フェアを傘下に

2022年に開催されたアーモリーショーの会場風景。Photo : Maximilíano Durón/ARTnews

アートフェア業界のトップに君臨するアート・バーゼルフリーズは、それぞれ毎年世界中で複数のイベントを開催している。規模ではアート・バーゼルの方がやや勝り、格式も高いが、フリーズは創立20周年を前にライバルを出し抜くべく、既存の開催地であるロンドン(2つのフェアを展開)とニューヨーク、ロサンゼルス、ソウルに加え、アメリカ・ニューヨークのアーモリーショーとシカゴ万博の2つのフェアを新たに傘下に収めた。いずれも数十年前に立ち上がったフェアだが、その後再構築されている。

これら二つを買収した7月、フリーズのサイモン・フォックスCEOは、「私たちは組織のあらゆる部分で成長し、革新してきた。単に見本市の運営者としてではなく、Frieze全体を考えることで、将来的な成長の機会がたくさんあると考えている」と語っている。 

この買収の金額は公表されていないが、アーモリーショーとシカゴ万博はそれぞれの経営体制、及び、チームを別部門として維持するという。一方、合併により人事や法務といった部門はFrieze本体が運営する。アーモリーショーは毎年9月に開催されており、Friezeへの合併前の最終回では、出展していたディーラーの間で楽観的なムードが漂っていた。シカゴ万博は、アメリカ内外のキュレーターに特化した充実したプログラムが特徴で、次回は4月に開催される。 

特にアーモリーショーは、Friezeの既存の2つのフェアと競合関係にあったため、アメリカのアート市場全体で多くの議論が交わされてきた。フリーズ・ニューヨークはブティック規模のフェアとなり、フリーズ・ソウルは両フェアが今年同時に開催されたため、日程が重なっている。これら2つは、9月のアーモリーショーでは難しいメガギャラリーを誘致することもできる。フォックスは7月、「この2つのフェアは問題なく共存することができると考えている。むしろ、アーモリー・ショーの強化につながると期待している」と語っている。(担当:Maximilíano Durón)

7. 終わらぬ環境活動家によるアートアタック

2023年4月、ワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーでドガの彫刻の台座とガラスケースにペンキを塗りつける環境活動家。Photo: Ellie Silverman/The Washington Post via Getty Images

2022年に活発化した環境活動家たちによるアートアタックは2023年も続き、世界中の美術館で気候危機の緊急性を訴える抗議行動を行った。ロンドンでは、2人の活動家がナショナル・ギャラリーでディエゴ・ベラスケスの《鏡のヴィーナス》(1647〜51)をハンマーで攻撃し、逮捕された。また、4月にはワシントンD.C.のナショナル・ギャラリーで2人組の活動家が有名なドガの彫刻の台座とガラスケースにペンキを塗りつけ、スウェーデンではモネの《ジヴェルニーの画家の庭》(1900)に赤いペンキがかけられた

各国政府は、こうした文化財を巻き込んだ抗議行動を阻止するべく、罰則を強化している。ワシントンD.C.でドガ作品を襲撃した活動家たちは「アメリカに対する共謀犯罪」で起訴された。オーストラリアでは、フレデリック・マッカビンの作品を汚損した抗議活動家が「反テロ容疑」にかけられた。バチカンの裁判所は、古代の彫像に接着剤を塗った2人の活動家に2万8000ユーロ(約420万円)の罰金を科した。(担当:Daniel Cassady)

6. 建築家デヴィッド・アジャイにセクハラ疑惑

セクハラで訴えられた建築家のデヴィッド・アジャイ。Photo: Jonathan Brady/PA Wire/Getty Images

2016年のオープンと同時に批評家たちから大絶賛されたワシントンD.C.の国立アフリカ系アメリカ人歴史文化博物館などを手がけた建築家、デヴィッド・アジャイ。ガーナ生まれの彼は、近年その知名度を飛躍的に高めたスターキテクトの一人だが、アジャイ・アソシエイツで働いていた3人の女性がフィナンシャル・タイムズ紙にアジャイによるセクハラを暴露したことで、その名声は失墜。アジャイは否定したが、美術館は彼との関係を断ち始めた。

アジャイが新館を設計していたハーレムのスタジオ・ミュージアムのレイモンド・J・マクガイア理事長は、「疑惑の対象となっている行為は、この施設の創設の理念と価値観に反する」として彼との仕事を打ち切った。また、アラブ首長国連邦のシャルジャにあるアフリカ・インスティテュートは、アジャイが手がけていた34万3000平方フィートのキャンパスを全面的に中止。当事者たちは、大きな代償を払うことになった。(担当:Alex Greenberger)

5. アンディ・ウォーホルに「著作権侵害」の判決

アンディ・ウォーホルがリン・ゴールドスミスの写真を素材にして描いたプリンスの肖像画。Photo : Via Appellate Court Document

米連邦最高裁判所は今年5月、写真家リン・ゴールドスミスアンディ・ウォーホル財団の著作権侵害をめぐる訴訟で、ウォーホル財団側に不利な判決を下した。

この法廷闘争の発端は2016年、ゴールドスミスが1981年に撮影したポップスター、プリンスの写真をアンディ・ウォーホルが作品に流用したことに懸念を示した彼女を財団が先制的に訴えたことから始まった。この写真はそもそも、ゴールドスミスがニューズウィーク誌の仕事で撮影したもの。同誌は最終的にその写真を使用しなかったが、ゴールドスミスは将来のために著作権を保持していた。その後、ウォーホルはヴァニティ・フェア誌の表紙に寄せる作品にこの写真を使用する許可をゴールドスミスから得ていたが、ウォーホルがその後、他の作品にも写真を無断流用したとして、ゴールドスミスは財団に対し反訴していた。ウォーホルによるプリンスの作品は、彼の死後、数億ドルで販売された。

それから数年間の裁判を経て、2019年、ニューヨーク南部地区連邦地方裁判所はウォーホル財団を支持する判決を下したが、今年、最高裁はその判決を覆したのだ。

しかし、「アプロプリエーション」と「フェアユース」の境界線をめぐる論争は今も続いている。

最高裁の判断は、ウォーホルの作品が「変容的」であるかどうか、つまり、新しいアート作品と認められるレベルに元の作品を変容させられているかどうかが焦点となった。この10年間、ジェフ・クーンズやリチャード・プリンスなど、既存のイメージなどを参照して自身の作品を制作してきたアーティストにとって、この「変容的である」という抗弁は重要な防衛手段となってきた。

この問題は、アーティストや専門家の間でも意見が分かれる。バーバラ・クルーガーやキュレーターのロバート・ストーなどは、フェアユースの原則を強化することは創造の自由を侵害すると主張している。アーティストやコンテンツ制作者は、高額な訴訟を恐れて、著作権で保護された作品の使用や参照を控え、文化交流や言論を制限する可能性があるからだ。一方、画像生成AIは著作権侵害にあたると考えるデジタルアーティストたちは、生活がかかっている以上、「変容」という極めて主観的な基準は法的根拠として不適切だと主張している。(担当:Tessa Solomon)

4. 選考委員の総辞職で揺れるドクメンタ

ドクメンタ15の会場風景。Photo : Getty Image

4年に一度、ドイツ・カッセルで開催される「ドクメンタ」は、ヨーロッパで最も権威のある芸術祭のひとつだ。しかし今、その次期開催が危ぶまれている。昨年のドクメンタ15では反ユダヤ主義の疑惑が持ち上がり、芸術監督を務めたインドネシアのアートコレクティブ、ルアンルパに関する誤った情報が流布したことでさらに状況は悪化。ドクメンタ含めドイツのアートイベントの大半は連邦政府や自治体からの資金援助に依存しているが、ドクメンタに改善が見られない限り、公的な資金援助が打ち切られる可能性も浮上している。

2022年9月、ニューヨークタイムズ紙の批評家、ジェイソン・ファラゴは、「ドクメンタが今後も、これまでのような尊敬と卓越性を保てるとは考えにくい」と苦言を呈した。さらに今年2月、科学諮問委員会がドクメンタ15についての133ページにもおよぶ最終報告書を発表し、反シオニズムや反ユダヤ主義を増幅させるエコーチェンバー現象を起こした」と厳しく非難した。

こうして大論争へと発展したドクメンタだが、2027年に開催予定の第16回の芸術監督を決める選考委員会が3月に発足したのも束の間、11月、6人の選考委員が総辞職する事態に発展した。

その背景には、今年10月に勃発したイスラエル・ハマス紛争がある。

紛争のさなかにあって、ルアンルパのメンバーの二人はSNS上での親パレスチナと捉えられる投稿に「いいね」をつけ、その後「いいね」を取り消したのを皮切りに非難が再燃。さらに選考委員の一人でインドの詩人で批評家であるランジット・ホスコテが、2019年にシオニズムとヒンドゥー民族主義(ヒンドゥーヴァとして知られるイデオロギー)に抗議する書簡に署名していたことが発覚し、主催者側が公式にホスコテを糾弾した。

この書簡は、パレスチナ人の権利を擁護する団体「Boycott, Divestment, Sanctions(BDS)」のインド部門が発表したものだ。ドイツでは、BDSは政治的な火種であり、それを犯罪化しようとする者さえいる。ドイツのクラウディア・ロス文化相は、ホスコートが署名した書簡は「明らかに反ユダヤ的で、反イスラエルの陰謀論に満ちている」と述べ、次期ドクメンタへの資金援助を打ち切る可能性を再び示唆した。

ホスコテがこの直後に委員会を去ると、同日、もう一人の選考委員であったイスラエル人アーティストのブラッハ・L・エッティンガーも、母国の「暗い時代」を理由に辞任。シモン・ンジャミ、ゴン・ヤン、キャスリン・ロンバーグ、マリア・イネス・ロドリゲスの4人も、「現在のドイツには、ドクメンタのアーティストやキュレーターが望むようなオープンな意見交換や複雑な芸術的アプローチを考えるためのスペースはない」として、二人に続いた。

これについての声明の中で、ドクメンタは「イスラエル・ハマス紛争勃発後の現在の世界情勢の中で、芸術監督の選出プロセスを完全に保留することを検討している」と述べている。(担当:Tessa Solomon)

3. 人骨や脳の標本を「非倫理的な方法」で収集。アメリカの主要博物館が陳謝

スミソニアン国立自然史博物館。Photo: Chip Somodevilla/Getty Images

知識の収集を追求することと、そのプロセスの多くが優生学と倫理観の深い欠如に導かれていたことを知ることは、まったく別のことである。

今年ワシントンポストが発表したスミソニアンとアメリカ自然史博物館(AMNH)に関する調査報道によって、両博物館が所蔵する膨大な数の人骨や脳標本の修造プロセスに大きな問題があることがわかった。

同紙の記者、ニコール・ダンカとクレア・ヒーリーによると、「スミソニアンの標本の大半は本人やその家族の同意を得ずに収集されたもので、研究者たちは、死亡した入院患者や貧しい人々など、身元確認や埋葬のために遺体を引き取る親族がいないのをいいことに標本を収集した」という。

またAMNHのコレクションの大部分も、先住民や奴隷にされた人々、また、医学部に寄贈された引き取り手のない遺体から採取されたものであることがわかった。

この調査により、スミソニアン協会のロニー・G・バンチ3世長官は、対策委員会の設立と謝罪を表明し、アメリカ自然史博物館は、標本の本国返還手続きや展示標本の撤去など、最新の方針を発表した。アメリカには、1990年に制定されたアメリカ先住民の墓の保護と本国送還に関する法律があるが、こうした主要な施設ですら、同国の歴史の中でも最も暗い部分に対する対応が遅々として進まなかった事実が明らかになったわけだ。(担当:Karen K. Ho)

2. 大英博物館の大規模な紛失・盗難事件

内部で盗難が行われていたことが発覚した大英博物館。Photo: Leon Neal/Getty Images

「大英博物館は盗品で溢れている」というジョークはもう笑えない。というのも、大英博物館の大規模な所蔵品紛失・盗難に関する内部報告書と外部調査によって、盗難が30年以上にわたって行われ、総数は2000点にものぼることがわかったのだ。しかも、それらの大半は、文書化も目録化もされていなかった。これらの一部はeBayに驚くべき低価格で出品されており、2021年に内部告発者がこの事実を博物館幹部に警告したにもかかわらず、虚しく却下されていたことも明らかになった。

その杜撰な管理体制が世界的な批判に晒されることとなったのは当然だが、何より驚いたのが、これに関連して、上級学芸員が解雇されたことだ。さらに、このスキャンダルの結果、来年退任することが決まっていたハートヴィヒ・フィッシャー館長が逃げるように辞任し、ジョナサン・ウィリアムズ副館長も職を辞すこととなった。

ベナン青銅器やパルテノン神殿の大理石など、大英博物館に所蔵されている美術品の安全性を疑問視する向きはさらに強まり、これまで美術品の本国送還を推進してきたナイジェリアやギリシャの政府関係者からも非難の声が上がった。こうしたことを受けて、大英博物館は同館が所蔵する800万点にのぼる美術品を1210万ドル(現在の為替で約17億円)の予算をかけて完全に文書化し、目録を作成する計画を進めようとしている。しかし、だからといって大英博物館が失った信頼を回復できるとは限らない。

1. イスラエル・ハマス紛争に関連し、アートフォーラム編集長が解雇

公開書簡をめぐり辞職したアートフォーラム誌編集長のデイヴィッド・ヴェラスコ。Photo: Getty Images for Fondazione Prada

1962年の創刊以来、アートフォーラム誌にはスキャンダルがつきものだ。しかし今年は、これまで同誌が直面してきた論争とは比較にならないものだった。というのも、編集長のデイヴィッド・ヴェラスコが10月19日、ガザでの停戦とパレスチナ解放を呼びかける公開書簡を同誌のウェブサイトとアートプラットフォームのe-flux上で発表すると、アート業界で書簡戦争が始まった。結果、2017年から編集長を務めていたヴェラスコは解雇され、その後、同誌の編集者4人も退職するという事態に発展した。

多数のアーティストが署名したこの書簡は、当初、1200人のイスラエル人を殺害し、200人以上の人質をとった10月7日のハマスの攻撃について触れていなかった(のちに追記された)。この点について非難する記事を、アートディーラーのドミニク・レヴィ、ブレット・ゴルヴィ、アマリア・ダヤンの3人がアートフォーラムに掲載すると、今度は「A Unified Call from the Art World: Advocating for Humanity(団結したアート界からの呼びかけ:人間性の擁護を)」と題された別の公開書簡が10月24日に発表された。この反対書簡には多数のギャラリストやアーティストたちが署名したが、そこでは10月7日の攻撃を受けてイスラエル国防軍がガザ地区を空爆し、1万5000人以上のパレスチナ人が亡くなったことは触れられていない。

こうしてアート業界に大きな亀裂が生じると、アーティストや作家、キュレーターの多くが、アートフォーラムと同じ出版社に属するUS版ARTnewsArt in Americaもボイコットしはじめた。この分断は、その後も新たな問題を生み出し続けている。11月、アーティストと活動家のネットワーク、Artists for Palestine UKは、アートフォーラムをめぐる出来事は、親パレスチナと捉えられる展覧会やイベントをキャンセルした欧米の機関による、親パレスチナの声の検閲の一つであるとして批判している。(担当:Alex Greenberger)

翻訳:清水玲奈(14〜25)、編集部(1〜13)

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