古代エジプトにインド人観光客? 王家の谷の落書きが示す2000年前の旅の痕跡

王家の谷の墓に残る落書きが新たに解読され、古代インド人の来訪が明らかになった。繰り返し名前を刻んだ例も見つかり、約2000年前の交流と訪問の実態に光が当たっている。

古代エジプト王が眠る王家の谷。Photo: Ed Giles/Getty Images
古代エジプト王が眠る王家の谷。Photo: Ed Giles/Getty Images

ナイル川のほとりに位置するエジプト王家の谷は、世界でも屈指の人気観光地として知られる。この王墓群の壁には古代の人々による碑文が残されているが、新たな解読結果から、はるか遠方からこの地を訪れた旅人たちの記録が明らかになった。

落書きの存在自体は19世紀から考古学者たちに知られていたが、解読が進んだのはごく最近のことだ。碑文は古タミル語、サンスクリット語、カロシュティー文字で記された約30件で、1〜3世紀のものとみられる。当時のエジプトはローマ帝国の属州であり、王家の谷は「現代と同じように観光地だった」と、文字の特定に携わったローザンヌ大学の教授インゴ・シュトラウフは語る。

30の碑文のうち半数は古タミル語で記されており、その多くはチカイ・コランという人物によるものだ。彼は5つの墓の壁に自分の名前を8回刻み、「チカイ・コランはこの場で墓を見た」と記している。

サンスクリット語の碑文のひとつには、インドラナンディンと名乗る人物が「クシャハラータ王の使者」と記している。クシャハラータ朝は紀元1世紀にインドの一部を支配した王朝だが、この使者がどの王に仕えていたかは定かではない。シュトラウフによれば、インドラナンディンはエジプト東海岸の港湾都市ベレニケに上陸し、そこから内陸の王家の谷を訪れた後、ローマへ向かった可能性があるという。

テキストの特定に関わった研究者の一人、フランス極東学院のシャルロット・シュミットは、コランが墓の壁の非常に高い位置に碑文を刻む傾向があったことに言及した。ラムセス9世の墓では、どのように登ったのかは分かっていないが、入口から約5〜6メートル上に名前を刻んでいたという。コランが繰り返し名前を刻んだ点とその高さについて、シュミットは「正直、奇妙です」と語った。

ミュンスター大学のエジプト学教授アレクサンドラ・フォン・リーフェンは、科学メディアLive Scienceの取材に対し、インド語で書かれた落書きについて「エジプトにインド人がいた事実を示すだけでなく、彼らがその土地の文化に積極的な関心を持っていたことも示しています」と述べた。今後の研究が進めば、神殿など他の遺跡でもインド語の碑文が見つかる可能性がある。(翻訳:編集部)

from ARTnews

あわせて読みたい