世界初の貨幣を生んだ世界遺産サルディス、その保存を脅かす遺跡略奪の実態

世界初の貨幣を鋳造し、莫大な富の象徴となったリュディア王国の都サルディス。この都市と周辺の墳丘群が、2025年にユネスコの世界遺産に登録された。これを機に、古代都市の新たな価値と保護の重要性が改めて注目されている。

サルディスで発掘されたアルテミス神殿とアクロポリス、ビン・テペの墳丘群を捉えた空撮写真。近くを流れるパクトロス川で砂金が採取されていた。Photo: ©Archaeological Exploration of Sardis/ President and Fellows of Harvard College

トルコ・アナトリア半島西部で紀元前7世紀から6世紀頃に栄えた古代都市サルディスが、昨夏ユネスコの世界遺産に登録された。この地における発掘調査は、史上最も長期にわたって継続されている考古学プロジェクトの1つとして知られている。

1958年に開始されたハーバード大学とコーネル大学合同の古代サルディス調査では、考古学者たちが毎年のようにこの遺跡を訪れ、現在も発掘調査が継続中だ。鉄器時代に勃興したリュディア王国の都サルディスは、地中海からアナトリア高原を結ぶ東西交通の要衝として繁栄。その豊かな文化的遺産と非常に保存状態の良い遺跡の数々を今に伝える。

コーネル大学文理学部で美術史・視覚文化研究の准教授を務めるベンジャミン・アンダーソンによると、近年の調査ではサルディスのアクロポリスとそれに隣接するアルテミス神殿に焦点が当てられている。アンダーソンは科学ニュースサイトのサイエンス・デイリーが掲載した記事の中でこう述べている。

「私たちの多くは、前の時代の発掘調査に携わった研究者たちから指導を受けてきました。そのため、この地域で十分な量のデータを代々蓄積することができた、数少ない長期考古学プロジェクトになっています。(中略)サルディスの名は数多くの古代の歴史資料に登場します。しかし、この都市の物語を紡ぐことが可能になったのは、ここ75年ほどにわたって本プロジェクトがもたらした考古学的発見のおかげです」

世界史におけるリュディアの重要性には計り知れないものがある。この王国は歴史上初めて金銀自然合金の金属貨幣を国家として鋳造したことで知られ、その都だったサルディスは古代の地中海世界で「莫大な富」の代名詞にまでなった。

しかし紀元前6世紀半ば、アケメネス朝ペルシアの王、キュロス2世に征服されたリュディア王国は滅亡。その200年ほど後にはアレクサンドロス大王がペルシア帝国からサルディスを奪取し、以来この地域はヘレニズム時代、帝政ローマ時代、ビザンツ帝国時代を経て、最終的にオスマン帝国の支配下に入った。コーネル大学の美術史・古典学准教授で、調査の副ディレクターを務めていたアネッタ・アレクサンドリディス(今年4月に58歳で死去)は発掘についてこう説明した。

「それぞれの時代の層は全てそこに存在しています。しかし、明確に分かれているわけではないので、発掘に困難が伴うこともあります。複数の層が互いに重なり合っているのは、ある意味、途切れることなく続く歴史の流れを示すもの。だからこそ非常に魅力的なのです」

「サルディスとビン・テペのリュディア墳丘群」と名付けられたように、ユネスコの世界文化遺産登録の対象には、サルディスと関係する広大で起伏に富む墓地遺跡「ビン・テペ」の墳丘群も含まれている。世界遺産に登録されたことで遺跡の保存・保護のための追加的なリソースが期待できるが、アレクサンドリディスは、その両方が喫緊の課題であることを強調した。

サルディス一帯に点在する墳墓では、農業や自然侵食による損傷に加え、ますます手口を巧妙化させる略奪者たちが一層の破壊を与えている。アレクサンドリディスによると、トレジャーハンターたちは今や爆発物やブルドーザーを使用して遺跡からの略奪を行っており、その活動規模はもはや1つの産業とも言えるという。

サルディス近郊で育ち、美術史・考古学の博士号取得を目指してアレクサンドリディスに師事したレイラ・ウーラシュはこう語る。

「地元住民として言えるのは、世界遺産登録が非常に重要だということです。何より、世界的にその名が知られるようになりましたし、ユネスコのおかげで発掘調査のための資金が増加し、観光客や研究者が増える可能性もあります。この地域への理解が深まり、保護の取り組みも強化されるでしょう」(翻訳:石井佳子)

from ARTnews

あわせて読みたい